突然ですが、こんなことわざを知っていますか。
- 木を見て森を見ず
- 一難去ってまた一難
- 急がば回れ
- 勝って兜の緒を締めよ
経験則に基づいた類似の事例がパターン化して知恵となり、「ことわざ」となって社会に根付いています。
それは、現象の奥に潜む本質的な構造を暗黙のうちに人々が認識し、言語化しているからではないでしょうか。
ここでは、複雑なシステムの根底に潜む構造を可視化し、それを効果的に変える手段を明らかにするシステム思考について以下の観点で解説します。
- システム思考と氷山モデル
- システム思考の表記法(因果ループ図)
- システム思考の3つの特徴
- システム思考の意義
- ビジネスでシステム思考を使うシーン
システム思考と氷山モデル
「売上が伸びなくなった」
「いつまでたっても部下が成長しない」
「キャンペーンばかりやっている」
これらは、誰もがよく耳にする問題です。
しかし、これらの問題は、氷山にたとえると表面に見えている小な部分で、根本的な問題は、その下に潜んでいます(氷山モデル)。
なので、表面的な問題に対する対策を考えて実行しても、根本的な問題は解決されず時間が経つとまた同じような問題が発生します。
システム思考は、この氷山の下に潜む根本的な問題の構造を可視化し、それを効果的に変える手段、つまり、変革の手段を明らかにする考え方なのです。
さて、システム思考は、ピーターセンゲの学習する組織という本の中で紹介されています。
学習する組織 ― システム思考で未来を創造する
学習する組織とは、目的に向けて効果的に行動するために集団としての意識や能力を継続的に高め伸ばし続ける組織のことで、5つの要素を持っています。
それは、共有ビジョンの構築、自己マスタリー、チーム学習、メンタルモデルの克服、そして、それらの中心に位置付けられているのがシステム思考なのです。
つまり、システム思考は、学習する組織のメンバー共通の思考法なのです。
システム思考の表記法(因果ループ図)
それでは、システム思考で、システム(構造)を可視化するときの表現方法(表記法)について見ていきましょう。
システム思考では、複雑なシステムを、活動や状態である要素と、それら間を循環する因果関係で表現します。
これを因果ループと呼びます。
因果ループの因果関係には2種類あります。
それは
正の因果関係
負の因果関係
です。
正の因果関係
一つは、原因の増減が同じ方法に結果の増減をもたらす関係で、これを正の因果関係といい、因果関係の先に「+」マークをつけます。
正の因果関係の場合、原因が上がれば、結果も上がり、原因が下がれば、結果も下がります。
負の因果関係
もう一つは、原因の増減が反対の方法に結果の増減をもたらす関係で、これを負の因果関係といい、因果関係の先に「ー」マークをつけます。
負の因果関係の場合、原因が上がれば、結果は下がり、原因が下がれば、結果は上がります。
システム思考の3つの特徴
次に、システム思考の特徴について見ていきましょう。
システム思考の特徴は3つあります。
それは、
- フィードバック
- 遅れ
- レバレッジ
です。
一つ一つ見ていきましょう。
フィードバック
まず、フィードバックから説明します。
フィードバックとは、原因から生じた結果が、元の原因に影響を及ぼす仕組みのことです。
米ソの軍拡競争の例にして説明します。
まず米国の視点で見てみましょう。
米国の視点で観ると、ソ連の軍備の増強が、米国民への脅威になり、米国の軍備の必要性が増します。
次にソ連の視点で見て見ましょう。
ソ連の視点で観ると、米国の軍備の増強が、ソ連国民への脅威になり、ソ連における軍備の必要性が増します。
次に、両者をつなげてフィードバックさせて見ましょう。
すると、ソ連の軍備の増強が、米国民への脅威になり、米国の軍備の必要性が増し、それが原因となって米国が軍備を増強すると、それがソ連国民への脅威になり、ソ連における軍備の必要性が増し、結果的にソ連の軍備の増強へとフィードバックされます。
まさに「一難去ってまた一難」ですね。
米国とソ連、それぞれの視点で、つまり一面的に観ると、他国の軍備の増強という原因が自国の軍備を増強するという結果を招くだけで終わりますが、米国とソ連両者をつなげて多面的に観ると、自社の軍備の増強が結果的に他国の軍備の増強にフィードバックされ、軍拡競争が延々に続くという愚かさが浮き彫りになります。
実際に米ソの軍拡競争は互いの歩み寄りにより緩和していきました。
このように、物事の因果をフィードバック(ループ)させて観ることにより、現象を多面的に捉えることができ、物事の奥に潜む本質的な構造を可視化することができます。
それでは、フィードバックによって何が起きるのでしょうか。
人口の例で見て見ましょう。
子供が生まれることによって人口が増える。
これだけだと、一定期間に一定数の人口が増えるので直線になります。
次に、人口が出生にフィードバックされたらどうなるでしょうか。
人口に出生率をかけてて出生数を出す場合、人口が人口にフィードバックされます。
すると、時間が立つにつれて人口が加速して増えることになります。
このように、フィードバックは、指数関数的な増加、もしくは、減少をもたらすのです。
よく「雪だるま式に」と言いますよね。
この指数関数的な増減は自然現象や社会現象に多く見られます。
ここでフィードバックと因果ループの関係について見ておきましょう。
フィードバックの方向によって因果ループは2種類に分けることができます。
それは
拡張ループ
平衡ループ
です。
拡張ループ
因果ループの中に、負の因果関係が0含み偶数個ある場合、この因果ループを、正のフィードバックループ、あるいは、拡張ループ(Reinforcing Loop) といいます。
拡張ループの場合、因果ループの中央に「Reinforcing Loop」の「R」を書きます。
拡張ループの場合、循環すればするほど、システムを指数関数的に拡張します。
平衡ループ
因果ループの中に、負の因果関係が奇数個ある場合、この因果ループを、負のフィードバックループ、あるいは、平衡ループ(Balancing Loop) といいます。
平衡ループの場合、因果ループの中央に「Balancing Loop」の「B」を書きます。
平衡ループの場合、循環すればするほど、システムを安定させます。
ちなみに米ソの軍拡競争の場合、拡張ループになり、放っておくと両者の軍備が指数関数的に増強されることになります。
以上、システム思考の特徴の1つ「フィードバック」について説明しました。
遅れ
次に、システム思考の2つめの特徴「遅れ」について見ていきましょう。
さきほどの米ソの軍拡競争の例ですが、これを見ると「当たり前ではないか」と思う方もいるでしょう。
実は、因果関係が循環していることをわかりにくくしている原因があります。
それが「遅れ」なのです。
この場合、ソ連の軍備が増強されても、すぐに米国民の脅威につながるわけではなく、その間に遅れが生じます。
同様に、米国の軍備が増強されても、すぐにソ連国民の脅威につながるわけではなく、その間に遅れが生じます。
なので、米国、ソ連、それぞれが分断され、長期的には全体が循環しているということが、気づきにくくなっているのです。
この「遅れ」を考慮して物事の構造を観ることで、視点を短期的視点から長期的視点に移すことができます。
レバレッジ
最後に、システム思考の3つめの特徴「レバレッジ」について見ていきましょう。
レバレッジとは「てこの作用」のことです。
つまり、最小の労力で最大の効果を上げる「効果的作用点」を表します。
ここで一つ例をあげて見ていきましょう。
- 営業活動を行うことで売上が上がる
- 上がった売上を投資して営業担当者を増やすことで、さらに営業活動を行い売上を上げる
- しかし、市場規模は限られているので、やがて市場は飽和し、以前に比べ売上が上がらなくなる
これを因果ループで描くと次のようになります。
営業活動を行うことで売上が上がる、上がった売上を投資して営業担当者を増やすことで、さらに、営業活動を行い売上を上げる。
ここに拡張ループができます。
しかし、市場規模は限られているので、やがて市場は飽和し、次第に売上が上がらなくなります。
平衡ループが働くからです。
また、売上が市場の飽和につながるまでには、遅れ、が生じます。
さて、このように平衡ループが働き始めた状況下、売上の低迷を打開するにはどうすればよいでしょうか。
さきほどの氷山のモデルで考えると売上の低迷は氷山の一角でしかありません。
なので、以前のように売上を上げようと営業活動を強化するとどうなるか。
営業活動を強化すればするほど、売上の増加が市場のさらなる飽和を招き、売上を押さえようとします。
そうです。システムは押せば押すほど押し返してくるのです。
それでは、この場合のレバレッジはどこでしょうか。
それは市場規模です。
市場規模という制約がある以上、システムの成長は限界を迎えます。
このように、システムに何らかの制約が働く場合、その制約を取り除くか、その影響を下げる必要があります。
この例の場合、営業活動の強化など無駄なことはやめて、新しい市場を開拓するほうが効果的だということになります。
このように問題を構造化し、その「レバレッジ」を考えることで、表面的な解決策ではなく、根本的な解決策を導くことができるようになります。
なお、この「レバレッジ」が問題の真因であり、解決すべき課題(イシュー)なのです。
※
著書「学習する組織」には、よくある現象の構造を8つのパターンにまとめ「システム原型」として紹介しています。
先の営業活動と売上の因果ループは、システム原型の中の「成長の限界」というパターンの1例です。
システム思考の意義
以上、システム思考の3つの特徴である
フィードバック
遅れ
レバレッジ
について見てきました。
もう一度、ポイントを押さえておきましょう。
それは、
- システム思考によって、物事の因果をフィードバック(ループ)させて観ることにより、現象を多面的に捉えることができ、物事の奥に潜む本質的な構造を可視化することができる
- システム思考によって、「遅れ」を考慮して物事の構造を観ることで、視点を短期的視点から長期的視点に移すことができる
- システム思考によって、問題を構造化し、その「レバレッジ」を考えることで、表面的な解決策ではなく、根本的な解決策を導くことができるようになる
です。
これを簡潔にまとめと次のようになります。
- システム思考によって、物事を一面的ではなく多面的に考えることができる
- システム思考によって、物事を短期的ではなく長期的に考えることができる
- システム思考によって、物事を表面的ではなく根本的に考えることができる
システム思考によって物事を多面的、長期的、根本的に考えることができるのです。
ビジネスでシステム思考を使うシーン
それでは、私たちはシステム思考をいつ使えばよいのでしょうか。
最後に、ビジネスでシステム思考を使うシーンについて見ておきましょう。
VUCA
昨今、私たちをとりまく環境を次の4つの特徴で表すことがあります。
Volatility(変動性)
Uncertainty(不確実性)
Complexity(複雑性)
Ambiguity(不透明性)
この4つの頭文字をとってVUCA(ブーカ)といいます。
仮説検証サイクル
このように先行き不透明で予測しにくい時代、ビジネスを行う上で
仮説を立てて、
実験に移し、
その結果を検証し、
学習と改善をする
という仮説検証サイクルを繰り返すという方法がとられます。
具体的にいうと、
まず、事業戦略を立案し、
それを実験計画に落とし込み、
実験を行い、
その結果を検証し、
課題を設定し実験計画を改善します(学習と改善)。
この中で、システム思考を使う場面は、
- 事業戦略の立案
- 学習と改善
です。
事業戦略は、顧客や資産の状態と、それを管理する活動の因果関係で組み立てます。
実験結果の検証を受けて、学習と改善をするときは、まず問題を因果関係で構造化し、問題の真因を探します。
そして、問題の真因を、解決すべき課題(イシュー)として設定し(学習)、新しい実験計画、あるいは、事業戦略を組み立てます(改善)。
事業戦略や問題の構造を、システム思考で多面的、長期的、根本的に考えることで、より効果的な戦略や課題を創出、発見することができるのです。
以上、今回は、システム思考について解説しました。
動画でも解説しています。