
ここでは、ナレッジマネジメントについて次の観点で説明します。
ナレッジの3階層とSECIモデル
不透明で予測困難な昨今、「何をすればうまくいくか」「何をすればうまくいかないか」というナレッジ(知識)を蓄積、更新していくことが重要だと言われています。
なぜならば、高度経済成長期のように、比較的経営環境が安定している場合であればルール固定でよいですが、不確実性が高いほど学習能力が競争力になるからです。
特にAIエージェントネイティブの時代では、AIエージェント(LLM)が行う推論の元になるナレッジを意図的に生成、管理するナレッジマネジメントが重要です。
ナレッジとは、体系化され、意味づけされ、行動に使える状態になった情報のことで次の3つの階層に分けることができると考えられます。
-
規範ナレッジ(Normative Knowledge)
型(タイプ)レベルのナレッジ 。
「どう行動すべきか」を決める枠組(原理・原則)。
例
誰に何の価値を提供するために事業を行っているのか(存在意義)
事業を行うメンバーやパートナーにはどのような価値観が求められるか(行動規範)
顧客に価値を提供するために重要な業務の機能や活動は何でどのように進めるのか(価値創造の仕組) -
戦略ナレッジ(Strategic Knowledge)
種類(カテゴリ)レベルのナレッジ。
原理原則を戦略(集中すべき場所)に落としたもの。
例
Aという市場にBという製品を提供する
Cという特性のあるメンバーを獲得する -
実践ナレッジ(Practical Knowledge)
実例(インスタンス)レベルのナレッジ。
具体的な行動に使えるナレッジ。
例
A1という顧客には、B1をこのように提供する
この構造は、エンタープライズアーキテクチャのベースとなるフレームワーク、ビジネスストラクチャマトリクスにも対応します。
ビジネスストラクチャマトリクスの設計で作成される型(タイプ)レベルの情報が規範ナレッジに、戦略で作成される種類(カテゴリ)レベルの情報が戦略ナレッジ、実現(構築・運用)レベルの情報が実践ナレッジになります。

それから、知識を創造する方法に関しては、野中郁次郎氏らが提唱した、SECIモデルが有名です。
SECIモデルとは、個人の暗黙知(経験・勘)を組織の形式知(マニュアルなど)に変換・共有し、新たな知識を創造するナレッジマネジメントのフレームワークで、次のような4段階で知識が創造され続けるというものです。
- 共同化(Socialization)
経験を共有して暗黙知を伝える。
共同化とは、個人が持つ暗黙知を、直接的な体験や観察を通じて 他の人に伝えるプロセスです。
例えば、熟練した職人が弟子に技術を教える際、 言葉では説明しにくい「コツ」や「感覚」を、 実際に一緒に作業することで伝えていく過程がこれにあたります。 - 表出化(Externalization)
暗黙知を言葉や図で表現する。
表出化は、これまで言葉にできなかった暗黙知を、 文章や図表、マニュアルなどの形で明文化するプロセスです。
この段階では、「なんとなく分かっている」ことを 「誰でも理解できる形」に変換することが重要になります。
例えば、
美味しい日本酒を造る杜氏(とうじ)の暗黙知を形式知化する、
人気のラーメン屋のスープの元を形式知化する
など、暗黙知の言語化は、属人化を防いで事業を承継、拡張するだけでなく、それを応用して新しい物事を創造する上でも大変重要です。 - 連結化(Combination)
明文化された知識を組み合わせる。
連結化では、既に形式化された複数の知識を組み合わせたり、 整理し直したりすることで、新しい知識体系を作り出します。
異なる部門のマニュアルを統合して新しい業務手順書を作ったり、 複数のプロジェクトで得られた教訓を総合して、 より効果的な手法を開発したりする活動がこのプロセスです。
AIを用いた知識の自動統合なども連結化の発展形として注目されています。 - 内面化(Internalization)
新しい知識を自分のものにする。
内面化は、組織で共有されている形式知を、 個人が実際に使いこなせるスキルや経験として身につけるプロセスです。
マニュアルを読んだり研修を受けたりするだけでなく、 実際の業務で活用することで、その知識が個人の暗黙知として定着していきます。
この段階で、知識(Knowledge)は、知恵(Wisdom)に変わります。
そして、新たに蓄積された暗黙知(知恵)は、次の共同化のサイクルで さらに発展した形で他の人に伝えられることになり、 組織全体の知識創造の螺旋が続いていくのです。

書籍「知識創造企業」では、SECIモデルは、個人 → グループ → 組織 → 組織間というようにナレッジの適用範囲がスパイラル状に拡大すると書かれています。
この知識創造スパイラルは、ナレッジの社会的拡張が進むほど、ナレッジは一般化・抽象化される傾向があると考えることができます。
なぜならば、
・多人数で共有するには抽象化が必要
・組織原則にするには一般化が必要
・規範にするには概念化が必要
だからです。
上記ナレッジの3階層で考えると、組織階層が上がるほど、ナレッジの抽象レベルも実例レベルの実践ナレッジ、種類レベルの戦略ナレッジ、型レベルの規範ナレッジに上がる傾向があると考えることができます。
規範ナレッジは知識創造の終点ではなく、次の実践を方向づける前提構造(文脈:コンテキスト)になリます。
その枠組みの中で個人の暗黙知が生成され、新たなスパイラルが開始されます。
※
SECIモデルについては、野中氏が語っている次の動画も参考になります。
日本の宝 野中郁次郎先生X米倉誠一郎先生 対談
ナレッジマネジメントと制約理論(TOC)
次に、ナレッジマネジメントと制約理論(TOC)の関係について考えてみましょう。
知識創造におけるスループットとは、「暗黙知が形式知へ変換され、実装され、市場価値へと転換されるまでの単位時間あたりの変換量」と捉えることができます。
なので、制約理論(TOC)で考えると、暗黙知→形式知→実装→市場投入の変換速度を下げる部分が制約になります。
SECIモデルの共同化→表出化→連結化を経て、形式知が実装(内面化)されて、市場価値化されると考えると、多くの場合、「表出化」が主要な制約になりやすいと考えることができます。
なぜなら、表出化は、
・暗黙知は身体化されて個人に埋め込まれている
・言語化が難しい
・抽象化能力、メタファーや概念化能力が必要
・心理的安全性が必要(未完成な思考を表に出すので間違いや批判を恐れてはなかなか実施できない)
であるため、機械的に事を進めることができないからです。
それから、暗黙知の共同化は、暗黙知を形式知化する前に、文脈共有を先にやり、認知のズレを減らすことで、後工程の手戻りを減らす前工程だと捉えることができます。
また、形式知を組み合わせて、新しい体系を作る連結化(Combination) は、AIエージェントが得意とする工程です。
AIエージェント(LLM)は、
・大量のテキストを一瞬で読む
・複数資料を同時に要約
・共通点を抽出
・矛盾を指摘
・構造を再整理
ことができます。
つまり、ヒトに比べて、AIエージェントは圧倒的に高い形式知処理能力を備えています。
なので、AIエージェントは、連結化(形式化された暗黙知の再構成)を代行することができます。
しかし、AIエージェントは、身体を持たないため、暗黙知の共同化や、身体経験を伴う一次暗黙知の創出(表出化)そのものを代替することはできません。
ただ、AIに適切な質問をすることで表出化の速度を上げることはできます。
なので、表出化の特徴を考えると、AIエージェント導入によって、知識創造のボトルネックが技術から文化へ移動する可能性が高くなります。
公平かつ透明な評価のもと、失敗を許容し、チャレンジを奨励する価値創造の企業文化が知識創造型企業にとってとても重要なファクターになるのです。
経営におけるナレッジマネジメントの位置付け
それでは、経営活動においてナレッジマネジメントはどう位置づけられるのでしょうか。
ここでは、次の観点で、経営とナレッジナレッジマネジメントの関係について説明します。
- 組織
ハイパーテキスト型組織 - 活動
事業ライフサイクル
バリューチェーン - 戦略
アンゾフの成長マトリクス
ハイパーテキスト型組織
書籍「知識創造企業」では、知識創造型企業の組織としてハイパーテキスト型組織について説明しています。
ハイパーテキスト型組織とは、いくつかのテキストを重ね合わせた複数のレイヤーから構成されるハイパーテキストのように、階層型組織構造と、非階層的な自己組織型構造、ナレッジベースが重ね合わさって、マネジメントサイクルを通じて連続的、反復的に知識を創造、蓄積、活用する組織形態のことで、次の3つの要素によって構成されます。
-
ビジネスシステム・レイヤー
通常のルーティン業務が行われる。
ルーティンの仕事を効率よくやるには官僚制的構造が適していることから、このレイヤーは階層的なピラミッドの形をしている。 -
プロジェクトチーム・レイヤー
プロジェクトチームは特別な目的持つ組織で、メンバーはビジネスシステム・レイヤーの様々な部署から集められ、目的が達成されるまで、そこの専属になる。 -
ナレッジベース・レイヤー
ビジネスシステム・レイヤー、プロジェクトチーム・レイヤーで創られた知識が再分類、再構成されるレイヤー。
このレイヤーは現実の組織実体としては存在せず、組織ビジョン、組織文化、あるいは技術の中に含まれている。
組織ビジョンは、開発すべき技術た製品の方向を示し、企業が活動したい「場」を明らかにする。
組織文化は、社員一人ひとりの精神構造と行動を方向づける。
組織ビジョンと組織文化は、暗黙知を切り開く際のナレッジベースを提供し、技術は他の二つのレイヤーで創られた形式知から生まれる。
なお、ビジネスストラクチャマトリクスの規範ナレッジ、戦略ナレッジ、実践ナレッジはすべてナレッジベースになります。

事業ライフサイクル
下図は事業ライフサイクルを表した図です。

事業ライフサイクルは次の要素から構成されています。
戦略サイクルの構築フェーズや運用フェーズのマネジメントサイクルでデータドリブン経営のマネジメントサイクル(データドリブン経営サイクル)が実行されます。

データドリブン経営サイクルは、その中にデザイン思考の学習サイクルを含む二重ループ構造になっています。

さて、戦略サイクルの構築フェーズでは、戦略フェーズで策定した構築フェーズのアクションプランのスケジュールを設定し、プロジェクトとしてマネジメントサイクルを回してビジネスシステム(製品、顧客、組織、情報システムなど資産、場所、機能、活動の実例)を構築します。
なので、上述したハイパーテキスト型組織でいうとプロジェクトチーム・レイヤーで行う活動になります。
一方、戦略サイクルの構築フェーズでは、戦略フェーズで策定した運用フェーズのアクションプランのスケジュールを設定し、プログラムとしてマネジメントサイクルを回してビジネスシステムを運用します。
なので、上述したハイパーテキスト型組織でいうとビジネスシステム・レイヤーで行う活動になります。
また、書籍「両利きの経営」(Ambidexterity)では、経営活動のスタイルを、新しい価値を見つける活動、探索(Exploration)と既存の価値を最大化する活動、深化(Exploitation)に分けていますが、構築フェーズの活動が探索で、運用フェーズの活動が深化になります。
バリューチェーン
下図は、事業戦略の型である戦略マップを簡略化した図です。

戦略マップは、学習と成長の視点の人、情報、組織という無形資産が、内部プロセスの視点の、価値を生み出す活動の連鎖、バリューチェーンをを実行することで、顧客価値を提供し、収益を上げるとともに、生産性を高め、最終的に企業価値を創出する、その企業価値を、人、情報、組織という無形資産に投資、フィードバックすることで、それらが学習し成長し、ますます価値を生み出すという価値創出のプロセスです。
マイケル・ポーターは、著書「競争の戦略」の中で、
「戦略の本質は、活動の中にある。活動を他社とは異なるように遂行するのか、あるいは、ライバルとは異なる活動を遂行するのかの選択である。」
と記述し、活動を競争優位を得るための基本的な単位としています。
戦略マップを見てもわかるように、価値を生み出す活動の連鎖であるバリューチェーンが無形資産を消費して顧客価値や企業価値を生み出していることを考えると、企業のバリューチェーンをどう設計するかということが戦略上重要な課題になります。
ここでは、バリューチェーンを次のように分類します。
これらの活動ごとにデータドリブン経営サイクルを繰り返して事業を遂行します。
アンゾフの成長マトリクス
事業を革新・創出するとき、商品×市場(顧客)で、事業創出の方向性を考えるフレームワークに「アンゾフの成長マトリクス」があります。
成長マトリクスでは、事業創出の方向性、つまり、成長の方向性を以下の4つの戦略で分類します。

- 市場浸透戦略
既存製品を既存市場に浸透させる戦略。 - 製品開発戦略
既存市場に新規製品を投入する戦略。 - 市場開拓戦略
既存製品を新規市場に投入する戦略。 - 多角化戦略
新規製品を新規市場に投入する戦略。
このアンゾフの成長マトリクスと、上述した戦略サイクルのフェーズでデータドリブン経営サイクルを分類すると次のようになります。
| 分類 | バリューチェーン | アンゾフ成長マトリクス | 戦略フェーズ | 活動スタイル | 主な活動内容 | 組織 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 価値創造サイクル | 価値を創る活動 | 多角化・製品開発 | 構築 | 探索 | 新製品開発・仮説検証・プロトタイプ | プロジェクトチーム |
| 市場創造サイクル | 価値を伝える活動 | 市場開拓 | 構築 | 探索 | メッセージ・チャネル仮説検証 | プロジェクトチーム |
| 需要拡大サイクル | 価値を伝える活動 | 市場浸透 | 運用 | 深化 | マーケティング最適化、リード獲得・育成、顧客関係管理 | ビジネスシステム |
| 価値提供最適化サイクル | 価値を届ける活動 | 市場浸透 | 運用 | 深化 | 営業、サービス提供、オペレーション最適化(品質・コスト・リードタイム) | ビジネスシステム |
需要拡大サイクルと価値提供最適化サイクルの違いですが、需要を増やす(Demand creation / expansion)マーケティング(特にPromotion・Place)の最適化は需要拡大サイクルに属し、提供効率・品質を高める(Delivery optimization)オペレーションの最適化は価値提供最適化サイクルに属すると考えます。
端的に言うと、売れる仕組みを作るのが需要拡大、届ける仕組みを磨くのが価値提供最適化です。
なお、届ける仕組みを磨くは、Q(Quality:うまい)C(Cost:安い)D(Delivery:早い)の追求です。
戦略サイクルを構成する各フェーズとデータドリブン経営サイクル別に主なビジネスプロセスを整理すると次のようになります。
| フェーズ | サイクル | 主なビジネスプロセス |
|---|---|---|
| 設計 | 経営サイクル | ビジネスモデル設計(Design) |
| 戦略 | 経営サイクル | 事業戦略策定(Plan) |
| 構築 | 経営サイクル(投資) | 資本調達・利益還元(Do)→ 検証(Check:投資評価)→ 改善(Act) |
| 価値創造サイクル |
・製品開発(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) ・顧客獲得(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) |
|
| 市場創造サイクル |
・製品改良(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) ・顧客獲得(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) |
|
| 資産構築サイクル |
資産構築(Do:人材獲得・活性化、情報システム開発・改良、設備構築・活性化) → 検証(Check)→ 改善(Act) |
|
| 運用 | 経営サイクル(運用) |
事業活動(Do:構築・運用フェーズのビジネスプロセス) → 検証(Check:会計(仕訳・決算)+財務KPI評価) → 改善(Act) |
| 需要拡大サイクル |
・製品維持・処分(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) ・顧客活性化(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) ・オペレーション(Do:購買、生産、販売、サービス、請求、支払、物流) → 検証(Check)→ 改善(Act) |
|
| 価値提供最適化サイクル |
・製品維持・処分(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) ・顧客維持・処分(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) ・オペレーション(Do:購買、生産、販売、サービス、請求、支払、物流) → 検証(Check)→ 改善(Act) |
|
| 資産運用サイクル |
・人材維持・処分(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) ・情報システム運用・保守・処分(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) ・設備運用・保守・処分(Do)→ 検証(Check)→ 改善(Act) |
各サイクルの重みは事業の成長ステージによって違います。
| サイクル | 創業 | シード | アーリー | ミドル | レイター |
|---|---|---|---|---|---|
| 経営サイクル(投資) | ★★★★★ | ★★★★★ | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★☆☆☆ |
| 価値創造 | ★★★★★ | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★☆☆☆ | ★★☆☆☆ |
| 市場創造 | ★★☆☆☆ | ★★★★★ | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★☆☆☆ |
| 資産構築 | ★☆☆☆☆ | ★★☆☆☆ | ★★★★☆ | ★★★★★ | ★★★★★ |
| 経営サイクル(運用) | ★☆☆☆☆ | ★★☆☆☆ | ★★★★☆ | ★★★★★ | ★★★★★ |
| 需要拡大 | ★☆☆☆☆ | ★★☆☆☆ | ★★★★☆ | ★★★★★ | ★★★☆☆ |
| 価値提供最適化 | ★☆☆☆☆ | ★☆☆☆☆ | ★★☆☆☆ | ★★★★☆ | ★★★★★ |
| 資産運用 | ★☆☆☆☆ | ★★☆☆☆ | ★★★★☆ | ★★★★★ | ★★★★★ |
また、事業ポートフォリオの状態とデータドリブン経営サイクルの関係を整理すると次のようになります。
| データドリブン経営サイクル | BCGポートフォリオ | 状態 |
|---|---|---|
| 価値創造サイクル | 問題児(Question Mark) | まだ不確実 |
| 市場創造サイクル | 問題児 → 花形 | PMF探索 |
| 需要拡大サイクル | 花形(Star) | 成長中 |
| 価値提供最適化サイクル | 金のなる木(Cash Cow) | 安定収益 |
経営とナレッジマネジメント
以上を踏まえて、経営とナレッジマネジメントの関係について見ていきましょう。
まず、データドリブン経営サイクルの中でどのように知の転移が起こるのか考えてみましょう。
-
シードステージの知の転移の例
-
経営サイクル
ビジネスモデルの設計(顧客タイプ×製品タイプ)
Aという価値観を持つ顧客にBという価値を提供する(新市場 × 新製品 = 多角化)
→
規範ナレッジの明文化 -
経営サイクル
事業戦略の策定
A1という市場にB1というカテゴリの製品を提供する
→
戦略ナレッジの具体化 -
価値創造サイクル
製品の開発
顧客の獲得
製品開発計画の検証・改善(実験サイクル:デザイン思考・学習サイクル)
顧客獲得計画の検証・改善(実験サイクル:デザイン思考・学習サイクル)-
問題の特定(デザイン思考:観察)
A1-1という顧客に製品B1-1を勧めても反応がない、
A1-2という顧客に製品B1-2を勧めても反応がない、
A1-3という顧客に製品B1-3を勧めても反応がない、
という事実が観察された。
ここで「経験を共有して暗黙知を伝える」という共同化が起こる。 -
原因の推定(TOC・制約の特定:デザイン思考・原因仮説の立案)
A1市場×B1カテゴリ製品が制約になって価値が提供できないのではないか?と原因仮説を立てる。
ここで、共有化された事実から形式知が表出化される。 -
課題の設定(TOC:制約制御方法の方針)
新規市場×新規制品カテゴリを探す。 -
解決策の考案(TOC・制約統制方法の考案:デザイン思考・解決仮説の立案)
C1という市場にD1というカテゴリの製品を提供してみようと考える。
これは、C1市場×D1カテゴリといいう、新規市場×新規制品カテゴリを探すという課題に対する解決仮説になる。
解決仮説は、暗黙知からアイデアが立案されるので形式知の表出化になる。 -
実験計画の策定(デザイン思考:予測)
C1という市場にD1というカテゴリの製品を提供すると喜ばれるだろう。
C1という市場にD1というカテゴリの製品を提供する計画を立てる。 -
解決策の検証(デザイン思考:プロトタイプ/ユーザーテスト/検証・学習・改善)
実際に試してみると、
C1-1という顧客に製品D1-1を提供すると喜ばれる、
C1-2という顧客に製品D1-2を提供すると喜ばれる、
C1-3という顧客に製品D1-3を提供すると喜ばれる
という実践ナレッジが得られた。
結果的に、C1という市場にD1というカテゴリの製品を提供すると喜ばれるという仮説が検証された。 -
業務の改革・改善
これを抽象化して、当初の「A1という市場にB1というカテゴリの製品を提供する」という戦略を、「C1という市場にD1というカテゴリの製品を提供する」という戦略に切り替える。
→
戦略ナレッジの改善(部門レベル)
これは、実践ナレッジから戦略ナレッジへの連結化であり知が上位に転移する。
次のデータドリブン経営・実践サイクルで、てメンバーが、本戦略ナレッジに基づいて行動して結果を出すことで内面化される。
-
問題の特定(デザイン思考:観察)
-
価値創造サイクル
製品の開発
顧客の獲得
製品開発計画の検証・改善(実験サイクル:デザイン思考・学習サイクル)
顧客獲得計画の検証・改善(実験サイクル:デザイン思考・学習サイクル)
C2という市場に対してD2というカテゴリの製品を提供する、
C3という市場に対してD3というカテゴリの製品を提供する、
C4という市場に対してD4というカテゴリの製品を提供する
という戦略ナレッジが得られた。
これを一般化して
「Cという価値観を持つ顧客にDという価値を提供する」という事業パーパスを定義する。
→
規範ナレッジの改善(事業レベル:事業ドメインの再定義=Pivot)
これは、戦略ナレッジから規範ナレッジへの連結化であり知が上位に転移する。
-
経営サイクル
-
レイターステージの知の転移の例
-
経営サイクル
ビジネスモデルの設計(ビジネスプロセス)
Eという購買・生産・販売プロセスで提供する。
→
規範ナレッジの明文化 -
経営サイクル
事業戦略の策定
E1という購買・生産・販売プランで提供する。
→
戦略ナレッジの具体化 -
価値提供最適化サイクル
購買・生産・販売
購買・生産・販売計画の検証・改善(実験サイクル:デザイン思考・学習サイクル)-
問題の特定(デザイン思考:観察)
問題の特定(観察)
E1-1、E1-2、E1-3という購買・生産・販売方法で製品を提供すると、
・提供に時間がかかる
・品質にばらつきがある
・コストが高い
という事実が観察された。
ここで「経験を共有して暗黙知を伝える」という共同化が起こる。 -
原因の推定(TOC・制約の特定:デザイン思考・原因仮説の立案)
E1という購買・生産・販売プランが制約になって価値が提供できないのではないか?という原因仮説を立てる。
ここで、共有化された事実から形式知が表出化される。 -
課題の設定(TOC:制約制御方法の方針)
オペレーション品質(QCD)を上げる購買・生産・販売プランを探す。 -
解決策の考案(TOC・制約統制方法の考案:デザイン思考・解決仮説の立案)
F1という購買・生産・販売プランで提供してみようと考える。
これは、「オペレーション品質(QCD)を上げる購買・生産・販売プランを探す」という課題に対する解決仮説になる。
解決仮説は、暗黙知からアイデアが立案されるので形式知の表出化になる。 -
実験計画の策定(デザイン思考:予測)
F1という購買・生産・販売プランで提供するとオペレーション品質(QCD)が上がるだろうと予測して、F1という購買・生産・販売プランで提供する計画を立てる。 -
解決策の検証(デザイン思考:プロトタイプ/ユーザーテスト/検証・学習・改善)
F1-1、F1-2、F1-3という購買・生産・販売プランで提供すると(複数事例)
・早く届けられた
・品質が安定した
・コストが下がった
という実践ナレッジが得られた。
結果的に、実際にF1という購買・生産・販売プランで提供するとオペレーション品質(QCD)が上がるという仮説が検証された。 -
業務の改革・改善
これらを抽象化して、当初の「E1という購買・生産・販売プランで提供する」という戦略を「F1という購買・生産・販売プランで提供する」という戦略に切り替える。
→
戦略ナレッジの改善(部門レベル)
これは、実践ナレッジから戦略ナレッジへの連結化であり知が上位に転移する。
次のデータドリブン経営・実践サイクルで、メンバーが本戦略ナレッジに基づいて行動して結果を出すことで知が内面化される。
-
問題の特定(デザイン思考:観察)
-
価値提供最適化サイクル
購買・生産・販売計画の策定
購買・生産・販売
購買・生産・販売計画の検証・改善(実験サイクル:デザイン思考・学習サイクル)
F2という購買・生産・販売プランで提供する、
F3という購買・生産・販売プランで提供する、
F4という購買・生産・販売プランで提供する
という戦略ナレッジが得られた。
これを一般化して
Fという購買・生産・販売プロセスで提供する
というビジネスプロセスを設計した。
→
規範ナレッジの改善(事業レベル)
これは戦略ナレッジから規範ナレッジへ<のstrong>連結化であり知が上位に転移する。
次のデータドリブン経営・実践サイクルで、メンバーが本規範ナレッジに基づいて行動して結果を出すことで知が内面化される。
-
経営サイクル
以上を一般化すると次のような図になります。

内容を簡単に説明すると次のようになります。
- 設計フェーズでビジネスモデルを設計することで規範ナレッジが明文化される。
- 戦略フェーズで事業戦略を策定することで戦略ナレッジが具体化される。
- 構築フェーズあるいは運用フェーズにおけるデータドリブン経営・実験サイクルの問題の特定(観察)段階で「共同化」(暗黙知の伝搬)が起こる。
- 同じくデータドリブン経営・実験サイクルの原因の推定で事実を抽象化し原因仮説を立案することで知識が「表出化」(暗黙知の形式知化)される。
- また、解決策の考案で暗黙知からアイデアが立案され知識が「表出化」(暗黙知の形式知化)する。
- 次の戦略フェーズで戦略ナレッジが改善されることで実践ナレッジから戦略ナレッジへ知識が「連結化」(形式知の連結)され、知が上位に転移する。
- 次の設計フェーズで規範ナレッジが改善されることで戦略ナレッジから規範ナレッジへ知識が「連結化」(形式知の連結)され、知が上位に転移する。
- その後、データドリブン経営・実践サイクルの実行(Do)を繰り返すことで知識が「内面化」(形式知の内面化)される。
知識創造の例
書籍「知識創造企業」では、知識創造の例の一つとしてパナソニックの事例をあげています。
1970年代、日本の家電市場は成熟し始め、厳しい価格競争に直面した松下電器の営業利益率は低下した。
1983年5月、「ACTION61」と呼ばれる経営3カ年計画が発表された。
ACTIONとは、「行動を起こそう(Action)!、コスト削減(Cost reduction)と、話題性のある商品(Topical products)と、先導的なマーケティング(Initiative in marketing)と、組織の活性化(Organizational reactivation)で、創ろう新しい経営体質を(New managment strength)」の頭文字をとったものである。
61という数字は、目標達成を目指す3年後の昭和61年(1986年)を示している。
1984年5月、ACTION61の一環として、3つの事業部が電化調理事業部として統合された。
それには二つの意図が含まれていた。
資源の重複をなくして組織の効率を改善することと、3事業部の技術とノウハウを統合して再び成長路線に乗ることだ。
パナソニックは、厳しい現状を打開するために、まず、ACTION61というビジョンを掲げ、事業を再編し、3つの事業部を、電化調理事業部という事業単位に統合しました。

書籍では、「これによって電化調理事業部に創造的カオスをもたらし、事業部の一人ひとりが、自分たちは何をすべきかという個人的な意図を模索し始め、組織へのコミットメントを強めた」と書かれています。
次に、電化調理事業部は、どの方向性を目指すべきかについてのヒントやアイデアを見つけるために、アメリカ人の日常生活のトレンドを観察する企画チームを現地に派遣しました。
彼らが現地で見たものは
「働きに出ている主婦が多くなり、一層簡略化されて栄養的にも貧しくなった家庭の食生活」
だった。
同じような傾向が日本でも見られることを知っていた彼らが出した結論は、
家庭用調理器は、食事の準備を簡単にすると同時に、食事を美味しくかつ栄養豊かにするものでなければならない
ということであった。
そしてそこから、事業部のビジネス全体を包括する「イージーリッチ」というコンセプトが生まれた。
美味しくて栄養のある料理を簡単につくれる調理器なら、働く女性や食通のニーズにも応えることができるはずだ、と企画チームは信じたのである。
ここには、2つの重要な規範ナレッジが含まれています。
それは
食事の準備を簡単にすると同時に、食事を美味しくかつ栄養豊かにするという顧客価値と
イージーリッチ・美味しくて栄養のある料理を簡単につくれる家庭用調理器という製品価値(価値提案)
です。
さて、電化調理事業部の企画チームは、家庭用調理器のカテゴリとして、炊飯器のマイコン制御の電熱システム、フードプロセッサーのモーター、ホットプレートの加熱器など複数の要素技術を活用できる「家庭用自動パン焼き器(ホームベーカリー)」の商品化を目指すことにしました。
家庭用自動パン焼き器(ホームベーカリー)は、家庭用調理器という製品タイプに対する製品カテゴリになります。
ホームベーカリー開発のプロセスの詳細を見ることにしよう。
そのプロセス全体では、知識創造プロセスが3度繰り返される。
各サイクルは、チームメンバーが体験を共有することから始まり、これらの共有体験からコンセプトや原型が創り出される。
そして、それらのコンセプトや原型は、組織の「意図」に照らして正当かどうか判断される。
次のサイクルは、その前のサイクルの結果を改善したり欠陥を克服したりすることから始まる。
最初のサイクルは、パイロットチームのメンバーが経験を共有することから始まった。
次に、彼らは製品コンセプトを仕様に表出化してプロトタイプを組み立てた。
しかし、最初のプロトタイプは「リッチ」というコンセプトに照らして正当化できるほど美味しいパンを作ることができなかったので、プロセスは2回目のサイクルに入った。
それはソフトウェアの開発を担当していた田中郁子がパン生地の正しい練り方を熟練パン職人とお体験共有を通じて習おうとしたことから始まった。
パン生地の練りという難しいノウハウを機械に落とし込むために、田中はその動きのメンタルイメージを「ひねり伸ばし」という言葉で説明した。
練りの技能は、パン生地を練るヘラの動きや、パン生地が引っかかるように特別にケースの内側につける「うね」のデザインなどの個別のメカニカルな仕様に具体化された。
新しいプロトタイプは美味しいパンを作ることに成功し、開発は3度目のサイクルに入って、コストを一定の枠内に抑える新たな挑戦が始まった。
3回目のサイクルは、商品化チームのメンバーが暗黙知を共有することから始まった。
生産部門とマーケティング部門から新たなメンバーがチームに加わった。
このチームによって、「中メン」と呼ばれる発酵コントロールの革新的な方法が開発された。
イーストを、パン生地を練っている途中で入れるこのイノベーションのおかげて、パンの味が向上し、コストが下がったのだ。
出来上がったパンは、製品コンセプトの開発段階で決めたコストと品質の基準を満たしていると判断された。
こうして完成したホームベーカリーは、後から市場参入した競合製品と比べてもその差は歴然としており、ヒット商品になったのである。
ここには、イージーリッチを競争優位を生む中核技術として具体化した戦略ナレッジが含まれています。
それは、
「ひねり伸ばし」という、パン生地を練るヘラの動きや、パン生地が引っかかるように特別にケースの内側につける「うね」のデザインなどの個別のメカニカルな仕様に具体化された製品機能と、
イーストを、パン生地を練っている途中で入れる「中メン」と呼ばれる発酵コントロールの革新的な製品機能
です。
ここで、重要なのは、戦略ナレッジである2つの製品機能が、イージーリッチ・美味しくて栄養のある料理を簡単につくれる調理器という製品価値(価値提案)という規範ナレッジを上位制約(ドラム)として開発されたということです。
規範ナレッジが戦略ナレッジを規定することで知識創造の一貫性が保たれ、曖昧な判断基準や不明確な方向性に起因する失敗リスクを抑え、長期的に安定した成功を維持することができるのです。
さて、このホームベーカリーの成功を機に、パナソニックでは、知の転移が起こります。
ホームベーカリーの成功は、エンジニアたちの新規プロジェクトへの態度を変えた。
その経験が、社員の間に自信と次なる革新的な製品を開発したいという願望をもたらしたのだ。
ホームベーカリーが売り出されると、焦点は消費者の本当のニーズを満足させるような本物の質を持つ次の製品の開発に移った。
さらにエンジニアたちは、コンセプトを開発するために消費者が何を望んでいるのかを調べ始めた。
佐野は次のように言っている。
「消費者は、いったいどんな夢を持っているのか、それをどうやったら実現できるのか、と問いかけることで、そこから次の発展に繋げることができるはずです」。
これは、社員が、ホームベーカリーの成功を通して貢献と成長という喜び享受し、それが新たな創造の内発的な動機づけとなっていることを示しています。
まさに、価値創造の企業文化が育ち始めているのです。
それから、消費者は日常生活にどういう夢を持っているか問いかけて、そのようなニーズを満たす製品コンセプトを創るという方法も、「製品コンセプト設計」というタスクの規範ナレッジになります。
パナソニックでは、ホームベーカリーの成功に触発されて、ミル付き自動コーヒーメーカー、電磁加熱炊飯器など、消費者の「生活の質」の向上を意図した製品が後に続きました。
そして、電化調理事業部の枠を超えて全社レベルの知識創造が起こります。
ホームベーカリーの成功に触発された当時の社長の谷井昭雄は、1986年1月に松下電器全体をカバーする「ヒーマンエレクトロニクス」というグランドコンセプトを発表した。
そのコンセプトの下で、ハイテク・エレクトロニクスを使った、より「人にやさしい」製品を開発しようというのである。
谷井にとって「人にやさしい」製品とは、使いやすさを通して気分を高揚させ解き放つものであり、エレクトロニクスは「本物の質」を提供することによって消費者の満足感と幸福感を高めるのだ。
かくして、パナソニックは、知の転移によって、1事業部の顧客価値・製品価値を、全社レベルの顧客価値・製品価値という規範ナレッジに昇華したのです。
デザイン(型レベルの思考)の重要性
昨今、市場セグメントの選定や競争戦略の策定といった戦略レベルの思考は高度化、日常化していますが、
・誰に何の価値を提供するために事業を行っているのか
・事業を行うメンバーやパートナーにはどのような価値観が求められるのか
・顧客に価値を提供するために重要な業務の機能や活動は何で、どのように進めるのか
など、その戦略を方向づける「型(原理・原則)」の議論は相対的に弱まっているように思えます。
会社の型となるビジネスの意図、意味、文脈を体系的に定義することは、会社のオントロジー(概念とその関係性によって構成される意味構造)を設計することに他なりません。
最近、AIエージェントネイティブの時代になるという議論が盛んになっていますが、AIエージェント(LLM)は意味や文脈から確率的に推論します。
オントロジーは「推定の前提となる意味構造」を与える情報であり、LLMに一貫した推論をさせるうえで極めて重要な情報になります。
具体的に見ていきましょう。
型レベルの規範ナレッジは、TOCにおける上位制約(ドラム)に相当します。
型レベルの規範ナレッジを明確に定義し、それを基盤として戦略を策定し、現場のタスクを遂行することで、企業全体の意思決定の一貫性を保つことができます。

多くの組織では、型レベルの規範ナレッジが明文化されていないため、意思決定の基準が統一されず、
・市場機会に引っ張られる
・KPIに引っ張られる
・競合に引っ張られる
・AI出力に依存する
など、局所最適が全体最適を侵食し、組織全体の一貫性が失われていきます。
特にAIエージェントネイティブの時代においては、企業固有の文脈を明示することが意思決定の前提条件となります。
AIは与えられた文脈の中で確率的に最適と推定される解を提示します。
しかし、企業固有の意味構造(オントロジー)が明示されていない場合、その推論は汎用的な最適解へと収束し、企業独自の戦略的一貫性を担保することはできません。

規範ナレッジを明確化し、それに基づいて戦略と実行を統合することが、失敗リスクを低減し、長期的に安定した構造を維持するための前提条件となるのです。
デザインによって創出される規範ナレッジは、企業の行動や成果物に調和した一貫性をもたらします。
AIエージェントネイティブ時代とは、推論を自動化する時代です。
だからこそ、その推論の前提となる「型(原理・原則)」を設計することが、経営の中核的な責務となるのです。
ピーター・M・センゲの「最強組織の法則」という書籍に、
競争相手より早く学べる能力、それが競争力を維持する唯一の鍵である
と書かれています。
AIエージェントネイティブ時代においては、正しい方向に向かって爆速で学習・進化できる知識創造型企業こそが、持続的競争優位を確立する最強の組織となるのではないでしょうか。