戦略マップとは、ロバート S. キャプラン、デビッド・P. ノートンが提唱した概念で、バランスト・スコアカード(BSC)をベースにした戦略マネジメントシステムで使われる戦略記述・説明ツールで、組織体(もしくは事業)全体の戦略目標と、BSCの4つの視点(財務、顧客、業務プロセス、学習と成長)ごとの課題と施策、個別目標の関係を図示したものです。
また、BSC(バランスト・スコアカード)とは、同じく、ロバート S. キャプラン、デビッド・P. ノートンが提唱した概念で、戦略・ビジョンを4つの視点(財務の視点・顧客の視点・内部プロセスの視点・学習と成長の視点)で分類し、その企業の持つ戦略やビジョンと連鎖された重要業績評価指標(KPI)を設定する業績評価システムで、従来の財務的指標中心の業績管理手法の欠点を補うものです。
詳細は、書籍「戦略マップ」を参照してください。
戦略マップの動画もあります。
戦略マップとは、一言でいうと
企業の価値創造プロセスを記述する
手段です。
特に、人的資本、情報資本、組織資本という無形資産(intangible assets)を、企業価値の創出に方向づけることを重要視しています。
上記書籍には、戦略マップが考案された背景を次のように記述しています。
当時、企業競争に打ち勝つためには、主に従業員とITからなる知識ベースの資産が少しずつ重要になっていたことが背景にあった。
しかし、財務報告制度は、企業の無形の資産が持つ能力を向上させることによって創造された企業価値を測定し管理するための基礎を提供するものではない。
その結果、経営者の注意と努力は、短期の財務尺度に影響を及ぼすものに焦点を絞りすぎていて、将来の財務的成功の基礎となる無形の資産へ投資したり無形の資産を管理することについては十分な焦点が当てられてこなかった。
業績測定システムを改善しなければ、経営者は無形の資産を効果的に構築して有効に活用することができず、企業価値を創造する重大な機会を失ってしまう。
われわれは、BSCの4つの視点における戦略目標間の因果関係を明らかにして戦略を記述すべきであると指導するようになった。
そして、この図を戦略マップと命名した。
日本では、2023年3月期決算から人的資本の情報開示が義務化されていますが、戦略マップは、人的資本を戦略に方向づけることができるという点で、企業の人的資本経営について記述する道具としても活用できるのではないでしょうか。
それでは、具体的に、その構成について見ていきましょう。
次の図は、戦略マップのテンプレートです。
戦略マップは、次の4つの視点から構成されており、それぞれの視点における戦略的な目標(組織や企業が達成したい長期的な成果や目標)や課題の因果関係によって成立します。
- 財務の視点
財務の視点には、株主価値、企業価値、収益、生産性などに関する財務的な成果を記述します。 - 顧客の視点
顧客の視点には、その事業は、ターゲット顧客に対してどのような価値を提供するのか、顧客への価値提案を定義します。
顧客価値を創出、提供することによって、企業の収益が増大します。 - 内部プロセスの視点
内部プロセスの視点には、財務的な目標を実現するために重要なビジネスプロセス、および、顧客価値を提供するために重要なビジネスプロセス、つまり、価値創造プロセスを識別し、そのビジネスプロセスの業務課題を記述します。 - 学習と成長の視点
学習と成長の視点には、内部プロセスを支援し、業務課題を解決するには、どんな職務(人的資本)と、どんなシステム(情報資本)と、どんな組織風土(組織資本)が必要であるか識別し、これらがひとまとまりになって内部プロセスに方向づけられるようにします。
なお、戦略マップは、それに対応するBSC(バランス・スコアカード)と、それを構成するKPIの目標値を達成するためのアクションプランに展開され、実行されます。
戦略マップを簡略化すると次のようになります。
学習と成長の視点の人、情報、組織という無形資産が、内部プロセスの視点の、価値を生み出す活動、バリューチェーンをを実行することで、顧客価値を提供し、収益を上げるとともに、生産性を高め、最終的に企業価値を創出する、その企業価値を、人、情報、組織という無形資産に投資、フィードバックすることで、それらが学習し成長し、ますます価値を生み出すという価値創出のプロセスです。
内部プロセスの視点の活動には、価値を生み出すための目標、戦略目標があります。
なので、学習と成長の視点の無形資産の価値は、戦略目標をどの程度実現できるかで測ることができます。
それでは、各視点を、それぞれ見ていきましょう。
財務の視点
次の図は、財務の視点の戦略目標を分解したものです。
まず、収益の増大を目指す成長戦略と、生産性の向上を目指す生産性向上戦略があり、それらが最終的な長期の株主価値、企業価値を向上させます。
成長戦略は、さらに、新商品を開発したり、新市場を開拓することによって新たな収益の源泉を獲得する戦略と、既存顧客との関係を深め顧客価値を向上する戦略に分けることができます。
また、生産性向上戦略は、直接費や間接費など原価を低減する戦略と、運転資本や固定資産を有効活用して資産の効率性を上げる戦略に分けることができます。
これは、投下資本利益率、ROIC(Return On Invested Capital)の構成とも一致します。
顧客の視点
顧客の視点には、その事業は、ターゲット顧客に対してどのような価値を提供するのか、顧客への価値提案を定義します。
事業戦略の核心は、企業の内部プロセスを顧客の成果の改善につなげることです。
なので、顧客価値を明確に示すことで、重要な内部プロセスと、その極的な戦略目標(業務課題)を明確にすることができます。
次の図は、一般的な顧客価値の例を示しています。
顧客にとっての価値は、適正な価格なのか、商品の高い品質なのか、「なぜ顧客は自社の商品を買うのか?」というKBF(Key Buying Factor:重要購買要因)を考えます。
ブルー・オーシャン戦略では、買い手の効用を次のように分類しています。
- 生活をシンプルにする
- 利便性を高める
- 生産性を上げる
- リスクを減らす
- 楽しくおしゃれな生活を実現する
マーケティングに関する有名な格言の一つに、
「ドリルを買いに来た人が欲しいのは、ドリルではなく”穴”である」
というものがあります。
スターバックスが売っているのはコーヒーではなく「第三の場所(サードプレイス)」。
ユニクロが提供するのは「生活を快適にする部品」。
価値とは、人間の心身の欲求(DesireあるいはNeed)を満たす性質です。
なので、顧客価値を考える時は、顧客の真の欲求は何かを考えることが重要なのです。
内部プロセスの視点
財務上の成果と顧客の価値提案は、企業が達成を望んでいる成果です。
戦略は、要求される成果を特定すればよいというものではなく、成果がどのように達成されるのかを説明しなければなりません。
マイケル・ポーターは、
「戦略の本質は、活動の中にある。活動を他社とは異なるように遂行するのか、あるいは、ライバルとは異なる活動を遂行するのかの選択である。」
と記述し、活動を競争優位を得るための基本的な単位としています。
内部プロセスの視点には、財務目標を実現するために重要なビジネスプロセス、および、顧客価値を提供するために重要なビジネスプロセス、つまり、価値創造プロセスを識別した上で、そのビジネスプロセスに求められる戦略目標と課題を記述します。
次の図は、内部プロセスの視点のビジネスプロセスを分類した例です。
上記書籍では、ビジネスプロセスを次の4つに分類しています。
- 業務管理
顧客に製品およびサービスを生産し提供する活動。 - 顧客管理
顧客との関係を確立し、向上させる活動。 - イノベーションの管理
製品、サービス、プロセス、顧客関係を新たに構築する活動。 - 規制と社会の管理
規制および社会の期待に適合し、強力な地域社会を構築する活動。
という記事で示した活動領域でいうと、
業務管理は営業活動、
顧客管理は顧客管理活動、
イノベーションの管理は商品管理活動、
規制と社会の管理は経営管理活動
になります。
内部プロセスの視点では、4つの活動領域それぞれにおいて次のことを明確にします。
- 戦略目標
顧客価値を実現するため、あるいは、生産性を上げるための內部プロセスの目標。
戦略目標は、製品が顧客に提供する価値(製品価値)に対応させることができます。
例えば、次の例は、安定操業という顧客価値を実現するために「品質の高い運用保守の実現」、「信頼性の高い製品の継続的創出」という戦略目標を設定しています。
また、省エネ操業という顧客価値を実現するために「顧客に信頼されるビジネスパートナー」、「高性能な製品の継続的創出」という戦略目標を設定しています。
- 戦略課題
戦略目標を達成するための業務課題。
戦略課題は、製品価値を上げるビジネスプロセスに対応させることができます。
例えば、次の例は、「品質の高い運用保守の実現」という戦略目標を達成するたの戦略課題として「部品の安定供給」と「故障させない・故障してもすぐに回復させる運用保守の仕組化」を設定しています。
上記書籍では、この4つの活動が便益をもたらすタイミングは異なる言っています。
- 業務管理のプロセスの改善は、一般に、原価低減と品質向上を通して短期的な結果をもたらす。
- 顧客関係を強化することによる便益は、顧客管理のプロセスを改善することで、6ヶ月から12ヶ月の間に段階的出始める。
- イノベーションの管理プロセスは、一般的に、実に長い時間が経ってから顧客の収益と営業利益を増加させる。
- 規制と社会の管理プロセスを改善することによる便益とは、企業が訴訟を回避したり、コミュニティでの評判を高めるといったものであり、ずっとのちの将来にもたらされる。
書籍では、内部プロセスの視点の4つの分類をすべて向上させる戦略テーマをもつことによって、企業は株主価値を持続的に成長させ、長期にわたる便益を実現できると言っています。
学習と成長の視点
最後に学習と成長の視点です。
学習と成長の視点では、次のことを明確に定義します。
- 人的資本
内部プロセスを支援し、業務課題を解決するためには、どんな職務が重要で、その職務に必要な能力(コンピテンシー)やナレッジは何か。 - 情報資本
内部プロセスを支援し、業務課題を解決するためには、どんなデータ、アプリケーション、IT基盤が必要か。 - 組織資本
内部プロセスを支援し、業務課題を解決するために、組織文化、リーダシップ、チームワークはどうあるべきか。
人的資本
人的資本の職務を考えるとき、バリューチェーンとビジネスプロセスという記事で示した活動領域を活用することができます。
販売や顧客管理など、各活動領域単位に職務を分類し、その中から戦略的なものを選択します。
この職務は、ジョブ型雇用のジョブのことです。
内部プロセスを支援する戦略的なジョブと、それに求められる能力やナレッジ、それを測るKPIを定義することで、人的資本を戦略に方向づけることができ、人的資本経営を実現することができます。
学習と成長の視点では、人的資本において次のことを明確にします。
- 人的資本目標
戦略課題を解決するための人的資本の目標。
人的資本目標は、戦略課題を実現するためのジョブに対応させることができます。
人的資本目標では、強化すべき戦略的職務(ジョブ)を明らかにします。
例えば、次の例は、「故障させない・故障してもすぐに回復させる運用保守の仕組化」という戦略課題を実現するための戦略的職務(ジョブ)として「保守機能」を設定しています。
- 人的資本課題
人的資本目標を達成するための課題。
人的資本課題は、戦略課題を実現するためのジョブに求められるタスクに対応させることができます。
例えば、次の例は、「保守機能の強化」という人的資本目標を達成するための人的資本課題として「保守要員の採用」と「保守要員の育成」を設定しています。
情報資本
上記書籍では、アプリケーションを次の3つに分類しています。
- トランザクション処理アプリケーション
企業の基本的な定型業務を自動化するアプリケーション。 - 分析アプリケーション
分析、解釈、情報と知識の共有を促進するアプリケーション。 - 変革アプリケーション
企業の現行のビジネスを変革するアプリケーション。
このうち、トランザクション処理アプリケーションを考えるときも、人的資本同様、活動領域を活用することができます。
サプライチェーン管理システム(営業活動の商流と物流の活動領域)や顧客管理システムなど、各活動領域単位、あるいは、複数の活動領域単位にアプリケーションを分類し、その中から戦略的なものを選択します。
学習と成長の視点では、情報資本において次のことを明確にします。
- 情報資本目標
戦略課題を解決するための情報資本の目標。
情報資本目標では、強化すべきアプリケーション、IT、ノウハウなど価値を持つデータを明らかにします。
例えば、次の例は、「故障させない・故障してもすぐに回復させる運用保守の仕組化」という戦略課題を実現するための情報資本目標として「IoTを活用した予知保全システムの導入」を設定しています。
- 情報資本課題
情報資本目標を達成するための課題。
情報資本課題は、情報資本目標のアプリケーションに求められる機能、あるいは、IT、データを強化するためのビジネスプロセスに対応させることができます。
アプリケーションに求められる機能は、情報システム開発の機能要求になります。
例えば、次の例は、「IoTを活用した予知保全システムの導入」という情報資本目標を達成するための情報資本課題として「製品の状態監視」と「AIを活用した製品の状態分析とレポート」という機能を設定しています。
組織資本
組織文化を醸成するためには、社員全員が共有する価値観となる経営理念や、事業パーパス事が重要です。
社員一人一人が業務を遂行するとき、どう考えて、どう行動すればよいのか。
社員一人一人が、誰にどのような価値を提供するために業務を遂行しているのか。
社員一人一人が企業の理念やパーパスに納得することで、初めて組織文化が育まれるのです。
学習と成長の視点では、組織資本において次のことを明確にします。
- 組織資本目標
すべての戦略目標を達成するための組織資本の目標。
組織資本目標は、戦略目標を実現するために求められるマインドセットを持つメンバーに対応させることができます。
例えば、「カスタマーサクセスを中心に考える」など、経営理念(会社の価値観)に組み込み組織文化として醸成すべき内容を明らかにします。 - 組織資本課題
組織資本目標を達成するための課題。
組織資本課題は、組織資本目標を実現するためのビジネスプロセスに対応させることができます。
例えば、「カスタマーサクセスを中心に考える」というマインドセットを醸成するための課題を設定します。
さて、これら3つの資本は、独立しているわけではなく、互いに関連しており、全体として内部プロセスに方向づけられます。
例えば、顧客関係を強化する役割の職務には、顧客情報を一元管理するシステムが必要になりますし、顧客の立場で考える組織文化が求められます。
財務的な利益を3つの無形資産に投資するすることで、組織が学習、成長し、長期的に利益をもたらすという好循環が得られるのです。
以上、今回は、戦略マップについて解説しました。
[…] 内部プロセスの視点には、財務的な目標を実現するために重要なビジ&# […]
[…] 戦略マップは、「財務の視点」「顧客の視点」「内部プロセスの視点&# […]
[…] 內部プロセスの視点には、內部のビジネスプロセスに求められる戦略&# […]
[…] 以上の価値創出プロセスをまとめると次の図のようになります。データサイエンスを適用することで、データ(事実)を活用して科学的に課題や解決策を考えることができます。 財務の視点、顧客の視点、内部プロセスの視点、学習と成長の視点で戦略目標の因果関係で事業成長モデルを描く手法が戦略マップです。 【関連動画】俺のフレンチの事業成長モデルの例 【関連動画】 […]
[…] マイケル・ポーターは、著書「競争の戦略」の中で、 「戦略の本質は、活動の中にある。活動を他社とは異なるように遂行するのか、あるいは、ライバルとは異なる活動を遂行するのかの選択である。」 と記述し、活動を競争優位を得るための基本的な単位としています。 また、ポーターは、同著の中で、事業活動を活動領域ごとに分類し、価値の連鎖、バリューチェーンとして表し、どの部分で付加価値が生み出されているか、競合と比較してどの部分に強み・弱みがあるかを分析し、事業戦略の有効性や改善の方向を探る手法を示しています。 戦略とは、戦(いくさ)を略すことです。 バリューチェーンを構成する活動のうち、どの活動に資源を集中するのか選択することで、戦いを効率的に進めることができるのです。 さて、記事「戦略マップとは何か…では、財務と顧客の視点で、企業が達成を望んでいる成果を表し、內部プロセスの視点で、その成果がどのように達成されるのかをビジネスプロセス(活動)の戦略目標として定義すると説明しました。 つまり、戦略マップでは、財務目標と顧客価値を実現する活動を明確にし、それを戦略目標として表すものであり、それによって戦略の本質を描きます。記事「DXはどう進めればよいか」で示したDXプロセスでは、「方向づけフェーズ」で、戦略の本質を戦略マップとして表し、それをベースに、あるべきビジネスモデルを設計します。 なお、方向づけフェーズの「ビジネスモデルの設計」でビジネスの型(ビジネスモデル)を設計し、「事業戦略の策定」で、それを具体的な事業戦略に展開します。記事「変化に強いビジネスを創る」で説明した、ビジネスを、縦軸に構成要素(目的・資産・場所・機能・活動)、横軸にレイヤ構造で表した図で見ると次のようになります。 ビジネスモデルは、戦略の本質を表したビジネスの型であり、事業戦略は、それを具体的な戦略に展開したものです。 例えば、ビジネスモデルでは選択された活動を「ビジネスプロセス」として設計し、事業戦略で、それを具体的な行動としての「アクションプラン」に展開します。 ちなみに、ビジネスモデルの顧客タイプは、マーケティング戦略におけるSTPのセグメンテーション、および、ターゲティングを通して顧客カテゴリ(市場セグメント)に展開され、製品タイプは、ポジショニングによって製品カテゴリに展開されます。 […]
[…] 書籍「戦略マップを」では、人的資本は 內部プロセスの視点を達成す& […]
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