記事「DXによる企業変革の進め方」を踏まえて、ここでは、以下の観点で、DX戦略の考え方について解説します。
DX戦略マップ
次の図は、DXの戦略マップを表したものです。
本DX戦略マップは、経済産業省が行ったDX調査2020にある「DXで取り組むべき3つの分野」がベースになっています。
まず、戦略マップの土台となるのが企業情報基盤です。
これは、DXのベースとなる企業の中枢神経になります。
企業情報基盤を通して、さまざまな業務課題を解決することで、その結果が中枢神経にフィードバックされることで、企業情報基盤が学習し、さらなる企業の成長をもたらします。
次に、企業情報基盤として設計、構築されたIT基盤、データ、アプリケーション、ビジネスプロセスを運営することでデータドリブン経営を実現します。
ここでいうデータドリブン経営ができている状態とは、
社員一人ひとりがデータを活用して自律的に業務課題を解決することができる状態
のことです。
特定のマネジメントがデータを活用して企業の方向づけを行うだででなく、全社員が自律的にデータを活用して、各レベルの業務課題を解決することができる状態を目指します。
なので、全社員共通の価値観をベースとした組織文化が醸成されている必要があります。
その結果、データドリブン経営は、企業に革新的な生産性の向上をもたらします。
企業情報基盤の上に構築するもう一つのものが、IoTやAI、ブロックチェーンなど最新の技術を活用した戦略的アプリケーションです。
企業の中枢神経と戦略的アプリケーションが会社の神経系統を作り上げ、さまざまな業務課題を解決するために必要な情報を効率的、かつ、効果的に提供します。
これら、企業情報基盤、データドリブン経営、戦略的アプリケーションの3つがDXの土台となり、既存事業の変革や新規事業の創出を通して、顧客価値を創り出し、その結果、企業価値を増大させます。
DXロードマップ
続いて、DX戦略マップを実現するためのロードマップについて説明します。
DXロードマップは次の2つのフェーズから構成されます。
企業情報基盤確立フェーズ
まず、企業の中枢神経である企業情報基盤を確立します。
企業情報基盤には、論理基盤と物理基盤がありますが、
まず、論理基盤であるエンタープライズアーキテクチャを設計し、
それを実現するための企業戦略、体制、アクションプランを策定後、
それに従って、物理基盤である、IT基盤、コミュニケーション基盤、アプリケーション基盤、データ基盤、ビジネスプロセスマネジメント(BPM)基盤を構築します。
企業変革フェーズ
次に、確立した企業情報基盤の上に戦略的アプリケーションを構築し、会社の神経系統をつくるとともに、それを活用して課題を解決するマネジメント基盤であるデータドリブン経営を実現し、既存事業の変革や新規事業の創出を通して、顧客価値を創り出し、企業価値を増大させます。
具体に、一つ一つ見ていきましょう。
企業情報基盤の確立
まず、DXのベースであり、企業の中枢神経となる企業情報基盤を確立します。
企業情報基盤は、論理的な基盤と物理的な基盤に分かれており、論理的な基盤は、エンタープライズアーキテクチャです。
次に、物理的基盤ですが、これは次のように分かれます。
IT基盤
IT基盤は、アプリケーションやデータを支える基盤で、主にH/W、ネットワーク、OS、ミドルウェアから構成されます。
システムの信頼性や拡張性を確保するためにクラウドコンピューティング技術を活用することをお勧めします。
コミュニケーション基盤
コミュニケーション基盤は、電子メール、チャット、Web会議システム、生成系AIなど、社内のコミュニケーションを効率化するためのアプリケーションによって構成されます。
データ基盤
データ基盤は次のような要素から構成されます。
- マスター共有ハブ
マスターデータ管理の一ソリューションで、各アプリケーションに対するマスターデータのハブです。 - 非正規化データ
通常のSoRのデータは正規化されています。
データを正規化すると、見たいデータを準備するためにデータ同士を結合する必要があり、検索の速度が落ちるので、検索用に非正規化したデータを用意します。
データを、時系列の数値を持つ「ファクト」と分析軸となる「ディメンション」によって表すディメンショナルスキームでモデル化することで、多次元的にデータを分析できるようになります。
非正規化データは、更新、削除されることがなく、データウェアハウスとして管理します。 - 非構造化データ
画像、音声、動画、文書、機械学習モデルなど構造化できないデータを管理します。
IoTによって機械から送信されるデータや文書など、ある程度構造が決まっている半構造化データは、NoSQLというデータベースで管理します。
マスターデータや生データなど構造化されたデータと非構造化データを合わせて管理するデータ保管場所をデータレイクといいます。 - メタデータ
データを管理するためのデータで、構造化データのテーブル構造などを管理します。
アプリケーション基盤
ERP(Enterprise Resource Planning)や、各アプリケーションを連携するESB(Enterprise Service Bus)、あるいは、EAI(Enterprise Application Integration)から構成されます。
ビジネスプロセスマネジメント基盤
ビジネスプロセスを自動化するためのワークフローシステムやRPA(Robotic Process Automation)から構成されます。
さて、企業情報基盤、まず、論理基盤を設計し、それに基づいて物理基盤を構築するのですが、具体的には次のように進めます。
- 方向づけフェーズ
DXする正当性について関係者全員で合意する。 - 検証フェーズ
DXの土台となる企業情報基盤のアーキテクチャ(基本構造)を確立する。 - 構築フェーズ
企業情報基盤のアーキテクチャ(骨組み)に従って企業情報基盤を構築(肉付け)する。 - 移行フェーズ
企業情報基盤を使ってDXを遂行できる状態に移行する。
方向づけフェーズ
方向づけフェーズの目標は、DXする正当性について関係者全員で合意することです。
具体的には、次のステップで企業情報基盤の論理基盤を構築し、その内容について関係者で合意します。
- 事業パーパスの明確化
まず、企業の事業目的を明確にします。 - 戦略マップの策定
次に、DXによって事業パーパスがどのように実現されるのか、その道程を戦略マップとして描きます。 - 業務変革領域の決定
続いて、DXによって変革する活動領域を決定します。
その際、各変革領域に、関係する戦略マップの業務課題を紐づけます。 -
エンタープライズ・アーキテクチャの設計
最後に、次のタスクを並行して行い、エンタープライズアーキテクチャを設計します。- ビジネスプロセス(業務プロセス)の設計
業務変革領域のビジネスプロセスを設計し、変革領域の業務課題を、ビジネスプロセスを構成する活動レベルの課題に展開します。 - 概念データモデルの設計
業務課題の解決を考慮して、全社レベルのマスターデータの概念データモデルと、各ビジネスプロセス単位のトランザクションデータの概念データモデルを設計します。 - データ基盤モデルの設計
データの品質やセキュリティを担保するために、全社共通で利用するデータは、データ基盤で管理するようにします。
ここでは、データ基盤をどのような構成にするのか設計します。 - アプリケーション連携モデルの設計
アプリケーション開発や改良の生産性や保守性を上げるために、アプリケーション、あるいは、ソフトウェアサービス同士をESBやEAIを介して連携させます。
これによって、アプリケーション、あるいは、ソフトウェアサービスが再利用できるとともに、APIやキューを介して連携することで、ソフトウェアがブラックボックス化され、改修による他への影響を防ぐことができます。
詳細は、モジュール化を参照してください。 - テクノロジー構成の設計
アプリケーションやデータを支えるIT基盤(H/W、ネットワーク、OS、ミドルウェアなど)のテクノロジー構成を設計します。
- ビジネスプロセス(業務プロセス)の設計
検証フェーズ
検証フェーズの目標は、技術検証や機能検証(フィージビリティスタディ)を通して、DXの骨組みとなる企業情報基盤のアーキテクチャ(基本構造)を確立することです。
構築フェーズ
検証フェーズの目標は、企業情報基盤のアーキテクチャ(骨組み)に従って企業情報基盤を構築(肉付け)することです。
移行フェーズ
移行フェーズの目標は、運用テストを通して、企業情報基盤のベータ版を完成版に移行し、企業情報基盤を使ってDXを遂行できる状態にすることです。
企業変革
企業情報基盤という中枢神経ができたら、それをベースに、デジタル技術を活用して、企業構造を立て直します。
デジタルトランスフォーメーションは、
によって、生産性を革新的に向上させ、既存事業を変革、新規事業を創出することで実現します。
企業の中枢神経である企業情報基盤と、IoTやAI、ブロックチェーンなど最新の技術を活用した戦略的アプリケーションが会社の神経系統を作り上げ、さまざまな業務課題を解決するために必要な情報を効率的、かつ、効果的に提供できる状態にします。
ただ、企業の神経系統ができても、そこから得られる情報を活用して経営課題を解決する能力(ケイパビリティ)がないと、事業の目的は実現できません。
データドリブン経営を実現することで、企業を
社員一人ひとりがデータを活用して自律的に業務課題を解決することができる状態
にします。
データドリブン経営の実現
一般的に、データドリブン経営とは、経営判断やビジネス戦略の決定に、データや分析結果を活用することを指しますが、ここでは、企業を
社員一人ひとりがデータを活用して自律的に業務課題を解決することができる状態
に変革することを目指します。
データドリブン経営を実現するためには、アプリケーション基盤を運用して実現するアプリケーションマネジメント、データ基盤を運用して実現するデータマネジメント、BPM基盤を運用して実現するビジネスプロセスマネジメントが必要です。
ビジネスプロセスマネジメントは、継続的に業務改善をするための体系的な手法です。
アプリケーションマネジメントは、DevOpsやマイクロサービスアーキテクチャによって、アプリケーション開発の生産性や保守性を改善します。
なので、業務改善の一環としてアプリケーションの開発や改良が必要な場合、それを速やかに実現します。
データドリブン経営は、企業に蓄積されたデータを活用しますが、そのデータの品質が悪いと間違った意思決定をする可能性があります。
企業のデータの品質やセキュリティを継続的に管理する方法がデータマネジメントです。
さて、データドリブン経営のプロセスのイメージは次のようになります。
本プロセスは、下段の実践プロセス(深化)と、上段の実験プロセス(探索)から成る両利きの経営プロセスです。
実践プロセスは、定期的な経営計画を実践する日常的なPDCAサイクルです。
社員が、実践プロセスを遂行する中で気づいた(Inspiration)業務改善や新規事業などに関するアイデアを実現するプロセスが実験プロセスです。
実験プロセスは、デザイン思考でいうと、洞察からアイデアを創出、構築、検証する発案(Ideation)プロセスにで、次のように進めます。
- データ分析
蓄積された業務データを分析して現状の問題などを発見し、それがなぜ生じているのか、その原因を探ります。
これは、ロジカル思考でいうと仮説推論(Abduction)になります。 - 機械学習
問題と、その原因がわかると、データを使って原因から問題が生じる規則を推測することができます。
この規則を機械学習によってモデル化します。
これは、ロジカル思考でいうと帰納(Induction)的アプローチになります。 - ランダム化比較実験
次にランダム化比較実験を通して、構築した機械学習モデルの妥当性を検証します。
機械学習を実施しない場合、データ分析で仮説推論した原因に対する施策を考え、その妥当性をランダム化比較実験を通して検証します。 - 組織ナレッジの蓄積
最後に、機械学習モデルや、施策を行うためのガイドラインを組織ナレッジとして蓄積します。
機械学習モデルやガイドラインの使い方を、関係する社員が実践できるよう教育することで、実践プロセスがさらにレベルアップします。
実証された規則である機械学習モデルやガイドラインを使って問題を解決することは、ロジカル思考でいうと演繹(Deduction)のアプローチになります。
データドリブン経営によって、学習し進化する組織が実現され、企業の生産性が革新的に向上します。
戦略的アプリケーションの開発
企業を変革するためのもう一つの手段が、IoTやAI、ブロックチェーンなど最新の技術を活用した戦略的アプリケーションです。
企業のシステムはSoR、SoE、SoIに分類することができます。
- SoR
SoRは「System of Record」の略語で、会計や受注管理など社内業務に関わる情報を記録するためのシステムのことです。 - SoE
SoEとは「System of Engagement」の頭文字を取った言葉で、SoRによって蓄積されたデータを活用して、顧客や従業員との関係を強化するためのシステムのことです。 - SoI
SoIとは「System of Insight」の頭文字を取った言葉で、データ分析から得られた顧客や従業員の隠れたニーズや深層心理、つまりインサイトを理解するためのシステムです。
例えば、IoTによって工場の業務を自動化することで、効率よく正確な製造データを記録することができます。
SoEの例としては、顧客の閲覧履歴や購入履歴にあわせて商品をおすすめするリコメンド機能があります。
顧客にとって適切なりコメントは、顧客関係の強化につながり、購買量や購買頻度の向上をもたらす可能性があります。
また、消費者行動や市場トレンドに関する情報を収集し、AIを使って分析することで、顧客の隠れたニーズに対する洞察を得ることができます。
これらのような戦略的アプリケーションを企業のビジネスプロセスに組み込むことで、企業の業務課題を解決し、生産性や収益を大幅に上げることができます。
以上、今回は、DX戦略の考え方について解説しました。