これは、事業ライフサイクルを表した図です。
ここでは、事業ライフサイクルについて次の観点で解説します。
事業パーパス
ビジネスには、その存在意義になる事業パーパスがあります。
ビジョナリーカンパニーZEROでは、パーパスを
組織が存在する根本理由
とし、
組織の行方を照らす星のように、常に努力すべき目標ではあるが、完全に達成されることはない
(100年間に渡って会社の指針となる)
と明記しています。
それに対して、ビジョン(書籍ではミッション)は、
大胆で説得力のある野心的目標
とし、
明確なゴールと具体的期限がある、達成されると、新たなビジョン(書籍ではミッション)が設定される
(理想的な時間軸は10年から25年)
と明記しています。
以下、ビジョナリーカンパニーZEROからの引用です。
…
ビジョンが完遂されたら、再びパーパスに立ち返って新たなビジョン(書籍ではミッション)を設定する。
山岳地帯で案内星を追いかけるたとえ話を思い出してほしい。
パーパスはこの案内星で、常に地平線上に浮かんでいる。
決して手の届かないものだが、常に前へ前へと導いてくれる。
一方、ミッションはあなたがその時々に登っている山だ。
頂上に着いたら、再び案内星に視線を戻し、次に登るべき山を選ぶ。
ビジョナリーカンパニーZEROでは、次のような企業パーパスの事例を紹介しています。
- メルク
私たちはみな、人々(価値を提供する対象)の暮らしを守り、改善すること(価値)を目的としている。
私たちのあらゆる行動は、この目的の実現に資するかという観点から評価しなければならない。- シュラーゲ・ロック・カンパニー
世界(価値を提供する対象)をもっと安全(価値)にする。- ジロスポーツ・デザイン
ジロは革新的で高品質な製品を通じて、人々(価値を提供する対象)によりよい暮らし(価値)を届けるために存在している。
戦略サイクル
事業ライフサイクルを構成するサイクルで、ビジネスがビジョンを設定して、それを実現するための事業戦略を策定し、実行するサイクルを、ここでは「戦略サイクル」と呼びます。
戦略サイクルは、次のフェーズから構成されます。
で紹介した下図は、設計、戦略、実現(構築・運用)の関係を表しています。
この図の設計が設計フェーズの活動、戦略が戦略フェーズの活動、実現のうち構築が構築フェーズの活動、運用が運用フェーズの活動に対応しています。
設計フェーズ
設計フェーズは、ビジネスストラクチャマトリクスの「ビジネスモデル(ビジネスの型)」を設計するとともに、事業戦略の本質である戦略マップを策定し、戦略目標に対するリスクとコントロールを設計するフェーズです。
戦略フェーズ
事業パーパスを具体化したビジョンを設定し、それを実現するための事業戦略を、戦略マップを具体化することで策定します。
事業戦略は、ビジネスストラクチャマトリクスの「ビジネスの種類(カテゴリ)」になります。
事業戦略は、BSCとアクションプランに展開されます。
アクションプランには、構築フェーズのアクションプランと運用フェーズのアクションプランがあります。
構築フェーズのアクションプランは、プロジェクトのアクションプランになり、運用フェーズのアクションプランはプログラムのアクションプランになります。
プロジェクトは、ビジネスシステムを構築する場合など、独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施する有期性のある業務です。
一方、プログラムは、会計期間ごとに繰り返される通常業務や、継続的な運用管理、あるいは改善活動です。
構築フェーズ
構築フェーズでは、戦略フェーズで策定した構築フェーズのアクションプランのスケジュールを設定し、プロジェクトとしてマネジメントサイクルを回してビジネスシステムを構築します。
ビジネスシステムは、ビジネスストラクチャマトリクスの「ビジネスの実例(インスタンス)」になります。
運用フェーズ
運用フェーズでは、構築されたビジネスシステムを、プログラム(会計期間)ごとのマネジメントサイク(Plan-Do-Check-Actサイクル)を通して運用します。
マネジメントサイクルのPlan(計画)は、戦略フェーズで策定された運用フェーズのアクションプランのスケジュールを設定したものです。
マネジメントサイクル
構築フェーズや運用フェーズのアクションプランは、マネジメントサイクルを通して実行されます。
マネジメントサイクルの改善(Act)には、次の3つのレベルがあります。
計画レベルの見直し
計画レベルの見直し>は、アクションプランのスケジュールの見直しです。
なので、同じ戦略サイクルの次のアクションプランを開始することになります。
戦略レベルの見直し
戦略レベルの見直しは、次のような事業戦略の見直しです。
- 資産(カテゴリ)の見直し
- 場所(カテゴリ)の見直し
- 機能(部門・アクション)の見直し
- 活動(アクションプラン)の見直し
戦略レベルの見直しは、さらに、次のように分けることができます。
- 戦略変更
顧客カテゴリ、あるいは、製品カテゴリ見直される場合、新しい事業単位が創出されることになります。 - 戦術変更
顧客カテゴリ、あるいは、製品カテゴリ以外の資産カテゴリ、場所(カテゴリ)、機能(部門・アクション)、活動(アクションプラン)が見直される場合。
戦略変更の場合
例えば、新市場の開拓や新製品の開発など戦略変更の場合、次の戦略サイクルの戦略フェーズから開始することになります。
戦術変更の場合
しかし、組織変更やアクションプランの見直しなど戦術変更の場合、同じ戦略サイクルの戦略フェーズから開始します。
設計レベルの見直し
設計レベルの見直しは、次のようなビジネスモデル(ビジネスの型)や戦略マップの見直しです。
- 資産(タイプ)の見直し
- 場所(タイプ)の見直し
- 機能(ジョブ・タスク)の見直し
- 活動(ビジネスプロセス)の見直し
設計レベルの見直しは、さらに、次のように分けることができます。
- 事業創出
顧客タイプ、あるいは、製品タイプが見直される場合、新しい事業ドメインが創出されることになります。 - 事業変革
企業全体として、顧客タイプ、あるいは、製品タイプ以外の資産タイプ、場所(タイプ)、機能(ジョブ・タスク)が見直される場合。 - 業務改革
これまで人が行っていた活動をAIに置き換えたり、業務の流れそのものを変えるなど大幅なビジネスプロセスの変更を伴う活動(ビジネスプロセス)の見直し。 - 業務改善
ある活動のビジネスルールの変更など、従来のビジネスプロセスの大幅な変更を伴わない活動(ビジネスプロセス)の見直し。
事業創出の場合、新しい事業パーパスの下、新しい事業ドメインのライフサイクルがスタートします。
事業変革の場合
例えば、ジョブやビジネスプロセスの抜本的な再設計など事業変革の場合、次の戦略サイクルの設計フェーズから開始することになります。
業務改革・業務改善の場合
一方、業務改革・業務改善の場合同じ戦略サイクルの設計フェーズから開始することになります。
計画レベルの見直しや戦略レベルの見直しは、生物で言えば、ホメオスタシス(恒常性)のように、環境の変化に適応するために組織の状態を最適にするレベルになります。
しかし、設計レベルの見直しは、生物で言えば、「種」が変化(遺伝子レベルの変化)するように、環境の変化に適応するために、新しく構造そのものを変えるレベルになります。
各設計、戦略の結果であるビジネスモデルや事業戦略の履歴を、なぜ変更したのかも含めて記録したデータが企業の軌跡であり企業のナレッジ(情報資産)になるのです。
事業の成長ステージ
事業をスタートアップするときには、一般的に、次のような成長ステージがあります。
- 創業ステージ
ビジネスの製品/サービス(プロダクト)が、まだ、世の中にないものである場合、MVP(Minimum Viable Product)、つまり、初期の顧客を満足させ、将来の製品開発に役立つ有効なフィードバックや実証を得られる最小限の機能を備えた製品を作って試します。 - シードステージ
顧客の価値観に製品価値がどれだけ適合(フィット)するか、つまり、PMF(Product Market Fit)を検証して事業自体成り立ことを確証できている状態を目指します。
PMFを測る一般的な指標(KPI)は、- マーケティングをせずにどれだけ成長するか
- ユーザーの良質な口コミはどれだけ発生するか
- ユーザーからの積極的な機能改善要望はあるか
- 製品・サービス導入後のアクティブ率はどの程度か
など、価値を届けたい特定の顧客(ペルソナ)がその製品やサービスにどの程度「熱狂」しているかを測るものになります。
- アーリーステージ
ミドルステージでマス・隣接セグメントに製品やサービスを展開する前に、特定のセグメントにおいてスケールするか検証します。
アーリーステージで実現すべき重要事項は次の3つです。- ユニットエコノミクスの確立
ユニットエコノミクスを確立するとは、顧客や店舗など、サービスの提供単位(ユニット)ごとに、顧客獲得コスト(CPA:Cost Per Acquisition)や顧客維持コストを考慮してもなお、利益を確保できる状態を作り出すということです。
ユニットエコノミクスが成り立たない状態で顧客数を増加させても、赤字が増え続けるだけです。
なお、ユニットエコノミクスは、LTV(Lifetime value:顧客生涯価値)をCAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得単位)で割ることで算出することができます。
LTV=(顧客単価×粗利率×購買頻度×取引期間)-(顧客獲得コスト+顧客維持コスト)。
CAC = 顧客獲得コスト ÷ 新規獲得顧客数 - 再現性の確立
再現性の確立とは、ユーザー数が増えたとしても、品質を落とさずに製品やサービスを提供できる状態を確立することです。
そのために、アーリーステージで、基幹システムを導入し業務を仕組化します。 - グロースドライバーの特定
グロースドライバーとは、事業の成長を促進する要因のことです。
グロースドライバーは、ビジネスの実行可能性(Viability)を上げる要因であり、戦略的に資金や資源を投入する先になります。
例えば、俺のフレンチの例であれば、限られた資源の一流シェフを確保し、立ち食いスタイルの店舗の展開し地域ドミナントを確立することでビジネスの実行可能性(Viability)を上げることができるので、「一流シェフの確保」や「立ち食いスタイルの店舗の展開」がグロースドライバーになります。
- ユニットエコノミクスの確立
- ミドルステージ
アーリーステージで、ユニットエコノミクスと再現性が確立され、グロースドライバーも特定できたら、製品やサービスをマス・隣接セグメントに展開します。
ミドルステージで重要なのがMOAT(城を守る堀)を築くことです。
魅力的な市場や収益性高い製品、サービスは必然的に競争が激しくなるので、それを前提に、持続可能な競争優位性、ディフェンシビリティ(Defensibility:防御可能性)を確立します。 - レイターステージ
ミドルステージで、持続可能な競争優位性が築けたら、IPOを意識するフェーズに入ります。
IPOに向けてのタスクは、大別するとガバナンス構築と、投資家に向けたIR(Investor Relations)活動です。
ただし、スタートアップの出口戦略(イグジット)にはIPOだけでなくM&Aによって事業を他社に売却する方法などもあります。
事業ライフサイクルでみると、この一つひとつのステージが戦略サイクルになります。
それぞれのステージのポイントに合わせて、各ステージごとに戦略マップを描く必要があるのです。
事業のポートフォリオ
事業の状態を、事業の成長率と市場の占有率で分類すると次の4つに分類することができます。
- 負け犬
占有率も成長率も低い事業単位。 - 問題児
占有率は低いが成長率は高い事業単位。 - 花形
占有率も成長率も高い事業単位。 - 金のなる木
占有率は高いが成長率は低い事業単位。
ここでは、新規事業も加えて次のように考えます。
矢印は、事業の遷移を表しています。
この中で最もキャッシュフローを生み出すのは金のなる木です。
占有率も成長率も高い花形は、事業ライフサイクルの中で考えると成長期に該当する事業なので、売り上げは多いですが、競争に勝つためのコストが必要です。
なので、利益は、比較的多くありません。
それに対して、金のなる木は、競争がひと段落した成熟期の事業なので、競争に勝つためのコストがかからず、占有した市場から安定したキャッシュを得ることができます。
そこで、金のなる木から得られるキャッシュフローを、どこに投下するかという戦略を考える必要があります。
一つは、問題児に投下して次の花形を作るという戦略が考えられます。
もう一つは、新しい事業に投下して、その成長を促すという戦略です。
両利きの経営という書籍で紹介された考え方に「知の深化」と「知の探索」があります。
深化(Exploitation)は、与えられた方法をよりよいものに改善するためのアプローチで、オペレーション(運用)において、事業を改善するレベルになります。
探索(Exploration)は、新しい方法を探すためのアプローチで、イノベーション(革新)により事業を変革・創出するレベルになりますが、
この概念でいうと、問題児に投下して次の花形を作るという戦略は事業を深化させる戦略で、新しい事業に投下して、その成長を促すという戦略は新しい事業を探索する戦略になります。
上述したマネジメントサイクルの改善レベルでいうと、深化が、戦略レベルの見直し、および、設計レベルの業務改革・改善で、探索は、設計レベルの事業創出・変革になります。
この深化と探索のバランスを考えることが全社戦略の重要な課題になるのです。
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