ここでは、デザイン思考経営について次の観点で説明します。
なぜデザイン思考経営なのか
変化が激しく、不透明で先行きが予測できない昨今の経営環境を、
Volatility(変動性)
Uncertainty(不確実性)
Complexity(複雑性)
Ambiguity(不透明性)
の頭文字をとってVUCA(ブーカ)という言葉で表すことがあります。
それは、SNSやモバイル技術によって人と人がつながる時間や距離が短くなったことで、個人の欲望や考えが、複雑なネットワークを介してすぐに世界中に広がり、いつどこで、どんな需要が生まれるか読みづらく、欲求の新陳代謝も激しくなっているからではないでしょうか。
このような時代、表面的な現象に翻弄されていては、時間も資源も浪費し、何も生み出せない空虚な人生に陥ってしまいます。
充実した人生を送るためには、目の前の出来事に流されることなく、その背後にある本質を見極め、それを基に生きる目的を定め、試行錯誤を繰り返しながら、環境の変化に応じて価値を生み出し続けることが重要なのではないでしょうか。
デザイン思考とは、一言でいえば、人間中心に、目的に向かって走りながら考えることです。
そして、デザイン思考で経営するとは、人間の価値観という本質を基軸にパーパスを定め、その実現手段を環境に合わせてアジャイルに変えていく経営のことです。
それでは、デザイン思考で経営することの効果は何でしょうか。
ここでは、それを
企業の
継続力を上げる
成功力を上げる
適応力を上げる
ことだと考えています。
一つひとつ見ていきましょう。
企業の継続力を上げる
デザイン思考経営では、人間の価値観という本質を中心に据えて、事業のパーパスを定めます。
企業を構成するメンバーがこのパーパスに共感し、ともに歩むことで、自らの貢献と成長を実感し、そこに喜びや意義を見いだすことができます。
この貢献と成長による内発的な動機づけが、メンバーのやり抜く力やしなやかさ(レジリエンス)を育み、結果として、企業の継続力の向上につながります。
企業の成功力を上げる
デザイン思考経営では、事業のパーパスを実現するために、環境に応じて仮説と検証を繰り返しながら、最適な手段を探ります。
そのプロセスの中で得られた学びや失敗をナレッジとして蓄積し、再現性のある成功パターンを築いていくことで、成功確率の高い経営基盤を構築することができます。
企業の適応力を上げる
たとえ有望な仮説が見つかっても、業務やシステムがそれに対応できなければ実現には至りません。
デザイン思考経営では、業務やシステムをモジュール化、レイヤ化し、目的に対して統合することで、新たな戦略や価値創出の要請に、迅速かつ柔軟に対応できる「変化に強い構造」を実現します。
デザイン思考は、人間の意志に基づく創造的な思考です。
近い将来、AIエージェントが多くの業務や判断を代行する時代においては、「何を目的とし、どのような価値を生み出すか」を考える力――すなわち人間の意志によるデザイン思考が、これまで以上に重要になるのではないでしょうか。
デザイン思考経営とは、まさにその力を経営の中核に据えることを意味します。
デザイン思考経営のアーキテクチャ
ここでは、デザイン思考経営を実現するために、企業が備えておく必要があるアーキテクチャについて説明します。
企業の成功力、適応力、継続力を上げるために必要な要素は次の3つになります。
仮説検証の仕組
変化に強い構造
価値創造の企業文化
仮説検証の仕組
デザイン思考で経営するとは、人間の価値観という本質を基軸にパーパスを定め、その実現手段を環境に合わせてアジャイルに変えていく経営のことです。
なので、デザイン思考経営を実現するためには、まず、仮説検証を繰り返すことで体系的にナレッジ(何をすればうまくいくか・何をすればうまくいかないか)が蓄積され、やればやるほど成功の確度が上がる仕組みを備える必要があります。
変化に強い構造
仮説検証を通して最適な方法が見つかっても、新しい方法に業務とシステムが適応できないと、その方法は実現されません。
デザイン思考経営を進める上で重要なのは、不変的な事業パーパスと、その実現を支える変化に強い構造の両立です。
ここで言う「変化に強い構造」とは、環境の変化にアジャイルに適応できるよう、業務とシステムを柔軟に設計・統合した仕組み、すなわちエンタープライズアーキテクチャ(EA)を指します。

一般的に変化に強い構造は、
モジュール化(分解)×レイヤ化(分類)→プロセス統合
によって創ることができます。
詳細は、変化に強いシステムを創るための3つのポイントを参照してください。
これをビジネスに適用すると
ビジネスのモジュール化×ビジネスのレイヤ化→ビジネスプロセス統合
になります。
下図は、ビジネスを、縦軸を構成要素(目的・資産・場所・機能・活動)、横軸をレイヤ構造にして分けた図です。
これをビジネスストラクチャマトリクスと呼びます。
ビジネスストラクチャマトリクスは、ビジネスの目的を、エンタープライズアーキテクチャ(資産・場所・機能・活動)が実現するという構造になっており、これがデザイン思考経営のアーキテクチャになります。
このビジネスストラクチャマトリクスを使って、ビジネスのモジュール化×ビジネスのレイヤ化→ビジネスプロセス統合について説明します。
ビジネスのモジュール化
システムの構成要素であるモジュールは、相手の要素にインターフェースだけを公開し、実装(実現)部分はブラックボックすることで、実装部分が自由に交換でき、保守性が向上するとともに、モジュールを再利用することによって生産性が向上します。
ビジネスの場合、モジュールの仕様部分がジョブ(職務)で、それを実現するのがメンバー、パートナー、アプリケーション、製品などの資産になります。
なお、ここでいう資産とは、価値を生み出すもの、ビジネスでいうと利益獲得能力(稼ぐ力)を持つものを指しており、財務的な資産だけでなく、人、もの、金、情報すべて含めた概念です。
概念モデルで描くと、ジョブには複数のタスクがあり、ジョブをメンバー、パートナー、アプリケーション、製品が実現しているという構造になります。
ここでは、AIエージェントもジョブの実現要素に含めています。
それから、ジョブの実現要素の配置先としてIT基盤や財務資産があり、IT基盤や財務資産に対応する場所があるという関係になります。
ビジネスストラクチャマトリクスの縦軸には、目的と、そを実現するジョブ、資産、場所があることがわかります。
ビジネスプロセス統合
ビジネスを構成する各モジュールを、顧客を中心とするステークホルダーに価値を提供する単位、つまり、事業パーパスを実現する単位であるであるビジネスプロセスに統合することで、ビジネスを、事業パーパスを実現する仕組にすることができます。
ビジネスストラクチャマトリクスの縦軸には、その最下位に、統合先であるビジネスプロセスが位置づけられています。
下図は、ビジネスの構成要素であるジョブとタスクを組み合わせてビジネスプロセスが設計されていることを示しています。
ビジネスの構成要素は、モジュール化されているので、ビジネスプロセスを構成するジョブとタスクの組み合わせは変わらないが、例えばメンバーからアプリケーションに変わるなど、環境の変化に応じて、それを実現する要素が変わる可能性があります。
下図のビジネスプロセスは、「保守管理者」というジョブを保守サービス会社が実現している、また、「製品の出荷指示」というタスクは出荷管理システムが実現していることを示しています。
このように、環境の変化によってジョブやタスクを実現する要素が変わっても、ビジネスプロセスの本質的な流れは変わらないので、事業パーパスに対する機能や構造の一貫性を担保することができます。
ビジネスのレイヤ化
ビジネスストラクチャマトリクスの横軸は、
型(タイプ)→分類(カテゴリ)→実例(インスタンス)
というレイヤ構造になっています。
型(タイプ)→分類(カテゴリ)→実例(インスタンス)については、ビジネスの分類を参照してください。
これは、変わりにくいレイヤ(本質)と変わりやすいレイヤ(現象)を分離して設計することで、環境が変わったとき変わりやすい層だけ変えればよくなり、より柔軟に変化に対応できるという考えに基づいています。
ビジネスの目的から見ていきましょう。
次の図は、デザイン思考経営の事業ライフサイクルを表しています。
これを見るとビジネスには不変的な事業パーパスと、それを実現するための一里塚となるビジョンがあることがわかります。
事業パーパスは、ビジネスが終焉しない限り変わりませんが、時代時代に合わせてビジョンは変わります。
なので、ビジネスストラクチャマトリクスの目的は、型がパーパス、分類がビジョンになっています。
ちなみに、ビジョンのインスタンス(実例)は、その実績になります。
次に、顧客と製品について見ていきましょう。
通常の経営の場合、最初に、事業戦略の一環として、顧客カテゴリ×製品カテゴリで市場をセグメンテーションし、ターゲットを選定します。
しかし、デザイン思考経営の場合、顧客カテゴリ×製品カテゴリを考える前に、その型である顧客タイプ×製品タイプを考えます。
事業パーパスは、
どのような価値観を持った人(誰に)に、どのような価値を提供するのか
という観点で定義します。
顧客の価値観が顧客価値で、それを満たす製品の価値が製品価値です。
顧客タイプは、顧客価値が定義された顧客の型で、製品タイプは、製品価値が定義された製品の型になります。
つまり、デザイン思考経営では、どこに攻めるか(顧客カテゴリ×製品カテゴリ)を考える前に、誰をどう幸せにするのか(顧客タイプ×製品タイプ)を考えるのです。
ターゲットとなる市場セグメント(顧客カテゴリ×製品カテゴリ)は時代によって変遷しますが、誰をどう幸せにするのか(顧客タイプ×製品タイプ)というビジネスの本質は不変です。
技術環境の変遷によって、ウォークマン、iPod、Spotifyとプロダクトは移り変わりますが「音楽を好きなときに好きな場所で楽しみたい」という本質的な顧客の価値観は不変です。
P.F.ドラッカーは、企業の目的は「顧客の創造」であるとし、それはニーズをデマンドにすること、つまり、顧客の潜在的価値観を顕在化することだと言いました。
ユニクロは、生活を快適にしたいという顧客のニーズを、ライフウェア(生活を快適にするための部品)を提供することで顕在化し、
スターバックスは、自宅と職場に挟まれてリラックスしたいという顧客のニーズを、自宅(ファーストプレイス)や職場(セカンドプレイス)でもない、誰もが気軽に立ち寄り、リラックスできる居心地の良い空間、サードプレイス(第三の場所)を提供することで健在化しました。
デザイン思考は、顧客の価値観という本質に基づいて、いまだ顕在化していない製品価値を創造する思考なのです。
最後に、顧客と製品以外の構成要素を見ると、ジョブは、より具体的な部門に分類され、ビジネスプロセスはアクションプランに展開されます。
型(タイプ)→分類(カテゴリ)→実例(インスタンス)というレイヤ構造は、デザイン思考のアーキテクチャの基本なのです。
価値創造の企業文化
業務やシステムの仕組みは整っていても、それを運用する人が動かなければ絵に描いたもちで終わってしまいます。
企業を構成するメンバーが事業パーパスに共感し、アイデアを出し、仮説を立てて行動することで、顧客対する価値を創出し続けるための文化を醸成する必要があります。
価値創造の企業文化は、仮説検証の仕組と変化に強い構造を支える精神的支柱になります。
学習し進化する組織
仮説検証の仕組、変化に強い構造、価値創造の企業文化によって企業は、事業パーパスに向かって、学習し進化する組織になります。
この学習し進化する組織こそ、デザイン思考経営のアーキテクチャなのです。
デザイン思考経営のアプローチ
それでは、具体的にデザイン思考経営は、どう進めていけばよいのでしょうか。
デザイン思考経営の事業ライフサイクルを見ると、戦略サイクルがあり、設計フェーズ、戦略フェーズ、構築フェーズ、運用フェーズという4つのフェーズから構成されていることがわかります。
設計フェーズ、戦略フェーズ、構築フェーズは、ビジネスストラクチャマトリクスの型(タイプ)→分類(カテゴリ)→実例(インスタンス)に対応しており、設計フェーズは、ビジネスの型、ビジネスモデルを設計するフェーズ、戦略フェーズはビジネスの型を分類して事業戦略を策定するフェーズ、構築フェーズは、事業戦略に従ってビジネスモデルの実例でありビジネスシステムを構築するフェーズになります。
ちなみに、運用フェーズは、PDCAというマネジメントサイクルを通して、ビジネスシステムを運用するフェーズです。
時代に応じて、事業パーパスの一里塚であるビジョンを設定し、設計フェーズ、戦略フェーズ、構築フェーズ、運用フェーズという4つのフェーズを通して、それを実現するサイクルが戦略サイクルになります。
ビジョナリーカンパニーZEROという書籍に次のような一節があります。
山岳地帯で案内星を追いかけるたとえ話を思い出してほしい。
パーパスはこの案内星で、常に地平線上に浮かんでいる。
決して手の届かないものだが、常に前へ前へと導いてくれる。
一方、ビジョン(書籍ではミッション)はあなたがその時々に登っている山だ。
頂上に着いたら、再び案内星に視線を戻し、次に登るべき山を選ぶ。
誰をどう幸せにするのか。
ビジネスは常に地平線上に浮かんでいる事業パーパスを追いかけて、その時々に適したビジョンを定めて進み続けるのです。
事業ライフサイクルの詳細は、事業ライフサイクルを参照してください。
デザイン思考経営とDX
次の図は、DXによって企業価値が増大するプロセスを表すDX戦略マップです。
ここでは、DXを、企業が、データやデジタル技術を活用してデザイン思考経営ができる体質にトランスファーする手法だと位置づけています。
DXはデザイン思考経営の事業ライフサイクルの一つの戦略サイクルで実現します。
DXのプロセスについては、DXプロセスを参照してください。